S31 神のさばき、罰

聖書は新約、旧約、2つの部分からできています。
66巻の全聖書のうち、キリスト誕生以前に書かれた書が、旧約聖書です。
39巻あります。キリスト誕生後に書かれた書が、新約聖書です。27巻あります。

我々クリスチャンにとって、大事なことは、新約、旧約どちらも時間をかけて読む、ということです。人によっては新約しか読まないクリスチャンもいます。
今は新約の時代だから、旧約の裁きのときではないから、旧約聖書は読んでも意味がない、くらいの気持ちでしょうか。
これは、偏った考え方であり、実際はどちらも読むべきです。きちんとどちらも読まないと、大事なクリスチャンの基本的なことが学べません。
旧約聖書を時間をかけて読む中で、私たちは聖書に書かれた歴史から、
学ぶことができます。そこに書かれた例から私たちは教訓を受け、警戒を持つことができます。

たとえば、創世記の中で、神がソドム、ゴモラの町の罪に対して怒りを発し、
これらの町を滅ぼされたことが描かれています。
ソドムは同性愛の町でしたが、神の怒りをかい、この町が滅ぼされたことが描かれています。このことは歴史的事実であり、ソドムの遺跡は今でもイスラエル死海近辺にあります。

またノアの時代の人々が道を曲げた歩みをしていたとき、神により、
裁きが下され、当時の世界は水により、滅ぼされました。
この洪水の後は今でも地層の中に洪積層として残っています。
今でも高い山の上に突然、魚や貝など、海の生き物の化石が出現します。
それは、その山がかつては水におおわれたことを意味します。
聖書には、ノアの洪水のとき、どんな高い山もみな、水に覆われたことが描かれていますので、このことは洪水が確かにこの地球の歴史に起きたことを示す証拠となっています。

さて、神のさばき、 罰ということは旧約の時代にすべて終わったというわけではありません。同じ神がこの世界を支配しておられるので、今の時代の人々が、正しく歩まないとき、神の厳しい裁きや罰が下されるのです。

それこそ、洪水、津波、地震、豪雨、台風、川の氾濫、あらゆる災いが正しい道を歩まず、神を神として認めない国や人々に下ります。

さて、現代の時代、またこの時代の人々の歩みを冷静に見るなら、
かつてのノアのとき、また、ソドムゴモラの時と変わらない、否、それ以上に
邪悪や、罪、不道徳が蔓延した時代になっています。

聖書はこの世の終わりに最終的に人の罪が増し加わり、多くの人が滅びる日を預言していますが、その日も近いことをしりましょう。

この世界の終わりの日は以下のように預言されています。

2ペテロ3:5 こう言い張る彼らは、次のことを見落としています。すなわち、天は古い昔からあり、地は神のことばによって水から出て、水によって成ったのであって、

3:6 当時の世界は、その水により、洪水におおわれて滅びました。

3:7 しかし、今の天と地は、同じみことばによって、火に焼かれるためにとっておかれ、不敬虔な者どものさばきと滅びとの日まで、保たれているのです。

3:8 しかし、愛する人たち。あなたがたは、この一事を見落としてはいけません。すなわち、主の御前では、一日は千年のようであり、千年は一日のようです。

3:9 主は、ある人たちがおそいと思っているように、その約束のことを遅らせておられるのではありません。かえって、あなたがたに対して忍耐深くあられるのであって、ひとりでも滅びることを望まず、すべての人が悔い改めに進むことを望んでおられるのです。

3:10 しかし、主の日は、盗人のようにやって来ます。その日には、天は大きな響きをたてて消えうせ、天の万象は焼けてくずれ去り、地と地のいろいろなわざは焼き尽くされます。

3:11 このように、これらのものはみな、くずれ落ちるものだとすれば、あなたがたは、どれほど聖い生き方をする敬虔な人でなければならないことでしょう。

この箇所を見て見ましょう。

2ペテロ3:5 こう言い張る彼らは、次のことを見落としています。すなわち、天は古い昔からあり、地は神のことばによって水から出て、水によって成ったのであって、

3:6 当時の世界は、その水により、洪水におおわれて滅びました。

当時の世界とは、ノアの時であり、その当時の人々は神の前に道を乱し、そして
洪水により滅びました。このように我々は、不敬虔な人々への神の裁き、罰ということを歴史の中で経験しているのですが、今の人々は何の反省も、更正も、悔い改めもしようとはしません。ノアの時代にまさってあらゆる面で道を曲げています。

道徳といい、家族関係といい、ますます曲がったもの、正しくないものに変わってきています。

3:7 しかし、今の天と地は、同じみことばによって、火に焼かれるためにとっておかれ、不敬虔な者どものさばきと滅びとの日まで、保たれているのです。

かつての日、ノアの時代の人々は水により、滅びましたが、今の時代、世界の終わりには、火で滅びることが預言されています。我々の住んでいるこの地球も宇宙もいずれ、焼け溶ける日が来るのですが、今はまだ、来ていない、その時代には達していない、というだけなのです。辛うじて保たれている、という状態なのです。

3:8 しかし、愛する人たち。あなたがたは、この一事を見落としてはいけません。すなわち、主の御前では、一日は千年のようであり、千年は一日のようです。

3:9 主は、ある人たちがおそいと思っているように、その約束のことを遅らせておられるのではありません。かえって、あなたがたに対して忍耐深くあられるのであって、ひとりでも滅びることを望まず、すべての人が悔い改めに進むことを望んでおられるのです。

何故、その火で焼かれる日がまだ来ていないのか、その理由は、神の忍耐です。
一人でも悔い改めて、滅びや火の裁きに入らないために時間の猶予があるのです。しかし、それは、単に延びているだけに過ぎず、聖書に書かれた滅びの日が消えたとか、取りやめになったわけではないのです。

3:10 しかし、主の日は、盗人のようにやって来ます。その日には、天は大きな響きをたてて消えうせ、天の万象は焼けてくずれ去り、地と地のいろいろなわざは焼き尽くされます。

その日は具体的にはどのように実現するのか、といえば、具体的には、地すなわち、地球もまた、天すなわち、宇宙も焼け溶ける日が来るということが語られています。

地球も宇宙も焼け溶けるなら、どこにも逃げる場所も隠れる場所もありません。
ですので、神を認めず、神に逆らう不敬虔な人々はみな、その日、滅んでしまうでしょう。しかし、以前書いたように、キリストを正しく信じる人々はその前に体が変えられ、これらの日からは免れることになります。

3:11 このように、これらのものはみな、くずれ落ちるものだとすれば、あなたがたは、どれほど聖い生き方をする敬虔な人でなければならないことでしょう。


どうして今我々が住む地球が火で焼ける日が来るのか?それは、明らかに
この地上に住む人々の神への反逆、不道徳、罪、神を認めない生き方への罰です。
ですので、もし、私たちがそれらの災いから逃れることを望むなら、「あなたがたは、どれほど聖い生き方をする敬虔な人でなければならないことでしょう。」と書かれているように、敬虔な歩み方を行う必要があります。

私たちが聖書を読むとき、神の存在、そして、その正しさ、不敬虔なものへの裁きなどどのように神を恐れるか、ということも知ります。そして、
それは、私たちの歩みを正すことに益となります。


正しく読み、私たちがクリスチャンとして歩むべき、方法や、態度を教えられましょう。次のステップ

タイトルとURLをコピーしました