S11 人はパンだけで生きるのではない

マタイ4:4 イエスは答えて言われた。「『人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばによる。』と書いてある。」

聖書のことばは、パンになぞらえられます。
私たちが毎日パン(もしくはご飯)を食べて始めて体に力もわきますし、
仕事や学習の気力もわいてきます。腹ペコでは力も意欲もでません。
同じ意味合いで我々も聖書を毎日読み、そのパンを食べて
初めてクリスチャンとしての信仰を歩む力がわいてくるのです。

しかし、上記のことばは、人はパンだけで生きるのでないことをも語っています。このことを考えて見ましょう。

パンは前述のように聖書のことば、印刷された聖書のことばです。
このこと、パンは主食ですので、これを食べること、聖書を定期的に読むことを
欠かすべきではありません。

このことは一つの事実なのですが、しかし、それとともに上記ことばは、人は
パンだけで生きるのではなく、「神の口から出る一つ一つのことばによる。」ことを語ります。この意味合いは何でしょう?

いわんとしていること、語られていることはこのことです。
神は我々の必要に応じて必要なことばを一つ一つ、状況に応じて語る、ということです。


その神のことばは、必ずしも音声になったものではないかもしれませんし、思いの中で神に語られる、とか、聖書の一節を思い出す、という方法かもしれませんが、しかし、何しろ神は語る、ということです。

自分の思いの中で神からの語りかけを受けるということはよくあることです。
また、色々おもいあぐねている中で聖書のことばがひょいと思い出される、ということもよくあることです。また、そのことを聖書自身が記しています。

ヨハネ 14:26 しかし、助け主、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊は、あなたがたにすべてのことを教え、また、わたしがあなたがたに話したすべてのことを思い起こさせてくださいます。

ここに、「、わたしがあなたがたに話したすべてのことを思い起こさせてくださいます。」と書かれているように、必要に応じて、聖書のことばを聖霊が思い起こさせてくださる、とは神の方法なのです。

しかし、そうであっても、まったく読んだことのない人が、聖書のことばを思い起こすことは不可能です。日ごろ、聖書を読む習慣をつけることが大事である、と理解できます。

何はともあれ、聖書を読み込み、パンを食べることは基本であり大事です。
しかし、それとともに状況に応じて神が一つ一つ語ってくださる、ということも真実ですので、このことを私たちは期待していきましょう。次のステップ

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