通算No.769 聖書も神の力も知らない(3)
本日は、「聖書も神の力も知らない(3)
」としてこの件を見ていきたいと思います。
主はかつてサドカイ人にこのように語りました。
テキスト:マルコ12:24 イエスは彼らに言われた。「そんな思い違いをしているのは、聖書も神の力も知らないからではありませんか。
このとき、彼らは聖書も神の力も知らず、結果として聖書とかけ離れた教理をとくとくとして語っていました。同じことが今の時代に繰り返されているように思えます。特に終末の教理に関しては多くの聖書とかけ離れた教えが横行します。
たとえば、以下の聖書箇所の解釈です。
ダニエル9:27 彼は一週の間、多くの者と堅い契約を結び、半週の間、いけにえとささげ物とをやめさせる。荒らす忌むべき者が翼に現われる。ついに、定められた絶滅が、荒らす者の上にふりかかる。」
ここに書かれている「一週の間、多くの者と堅い契約を結び」とは、イスラエルが終わりの日に、7年の
中東和平条約を結ぶことだ、と多くの人がいいます。
しかし、そのような解釈は妥当なのか、それともこのような解釈は「聖書も神の力も知らない」人が語る解釈なのでしょうか、このことを見ていきたいと思います。
そもそも聖書でいう契約とは何をさすのでしょうか?
以下の箇所でこの契約ということばが使われています。
創世記6:18 しかし、わたしは、あなたと契約を結ぼう。あなたは、あなたの息子たち、あなたの妻、それにあなたの息子たちの妻といっしょに箱舟にはいりなさい。
ここでは、ノアとその家族との間に神が契約を結ばれたことが描かれています。
そして、その契約により、彼らは、多くの人が洪水の水により滅びた日に命を永らえ、救われたのです。
ですので、聖書でいう契約とはまず神との契約にかかわるものであり、また、命や救い、永遠の救いに
関するものであることがわかります。
中東の和平条約などという政治的なこの世的なことは、永遠の命や契約とは縁遠いしょせん、この世のことなのです。
創世記 17:7 わたしは、わたしの契約を、わたしとあなたとの間に、そしてあなたの後のあなたの子孫との間に、代々にわたる永遠の契約として立てる。わたしがあなたの神、あなたの後の子孫の神となるためである。
ここでは、アブラハムが神と契約を結んでいます。そしてこのことばの中には「あなたの子孫」として、
キリストに関する約束も描かれています。ですので、聖書でいう契約とは神と信仰者であるアブラハムまた、その子孫となるキリストに関するものなのです。
具体的には永遠の命や救いに関する契約です。決して中東和平条約などの政治や、この世に関することに重きをおいているわけではありません。
出エジプト:19:5 今、もしあなたがたが、まことにわたしの声に聞き従い、わたしの契約を守るなら、あなたがたはすべての国々の民の中にあって、わたしの宝となる。全世界はわたしのものであるから。
ここでは、出エジプトした民に関連して、神が契約を語っています。神との契約を守るならイスラエルは、神の宝の民となる、ことが語られているのです。ですので、ここでも契約とは、神との契約、
入るべき約束の地、天の御国に関することであることがわかるのです。中東の政治的な条約のことなどのことではないのです。
さて、同じダニエル書の中で契約とはどのような意味合いで使われているでしょうか?以下を見て見ましょう。
ダニエル11:30 それはシチアンから出された軍隊が彼に立ち向かうから、そして彼は低くされる、そして戻る、そして聖なる契約に逆らう香を炊く: そして彼はそのように行う、そして戻る、そして聖なる契約を捨て去るものたちと相談する。
31 そして種が彼から出る、そして彼らは力の聖所を汚す、そして彼らは常供のささげものを取り除く、そして荒らす憎むべきものを造る。
32 そして逆らうものたちが契約を巧みな方法でもたらす: しかし彼の神を知るものたちは繁栄し、勇ましく行なう。
この箇所を見てみましょう。
“それはシチアンから出された軍隊が彼に立ち向かうから、そして彼は低くされる、そして戻る、そして聖なる契約に逆らう香を炊く: そして彼はそのように行う、そして戻る、そして聖なる契約を捨て去るものたちと相談する。”
ここでは、反キリストの型であるアンテイオコス・エピファネスが「聖なる契約に逆らう香を炊く」ことが描かれています。この聖なる契約とは他でもない当時のユダヤの民が、神と結んだ契約のことです。また、彼が「聖なる契約を捨て去るものたちと相談する」ことが描かれています。この聖なる契約も神と民との間に結ばれた、永遠の契約に関することです。その神との契約を捨て去り、背教するものたちと反キリストの型であるアンテイオコス・エピファネスが相談し、背教的な策をめぐらすのです。すなわち、同じダニエル書の中でも契約とは神との契約をさすものとして使用されているのです。しかし、ろくに聖書を読まず、
聖書も神の力も知らない人々は、「1週の契約は中東の7年の平和条約」などと一度聞くと、吟味も考察も思慮もなくひょこひょことだまされていきます。単純というか、愚かというか思慮がないというか、みごとなだまされっぷりです。
31 そして種が彼から出る、そして彼らは力の聖所を汚す、そして彼らは常供のささげものを取り除く、そして荒らす憎むべきものを造る。
そして、契約を捨て去ることとともに、常供のささげものを取り除いたり、荒らす憎むべきものを造ることが描かれています。すなわち、明らかに反キリストが敵視し、攻撃しようとしているのは神と神の民との間に交わされた永遠の契約です。決して政治的な契約に大きなポイントがあるわけではありません。
32 そして逆らうものたちが契約を巧みな方法でもたらす: しかし彼の神を知るものたちは繁栄し、勇ましく行なう。
そして、神に逆らい、背教する人々が巧妙に反キリストとの契約をもたらそうとすること、しかし、神を知るものは勇ましく行なうことも描かれています。
ですので、契約はあくまで、神との契約にポイントがあり、反キリストはそのクリスチャンの神と結んだ契約を敵視し、自分と契約を結ばせようと画策するのです。
さて、契約ということばは新約聖書にも書いてあります。たとえば、以下です。
1コリント11:25 夕食の後、杯をも同じようにして言われました。「この杯は、わたしの血による新しい契約です。これを飲むたびに、わたしを覚えて、これを行ないなさい。」
ここでは、キリストの血のゆえに結ばれた我々クリスチャンと神との間の契約について書いてあります。ですので、新約においても、聖書でいう契約とは神とクリスチャンの間の永遠の命に関する契約にポイントがあるのです。
そして、この視点にたって、冒頭のダニエル書の箇所を見ていきましょう。
ダニエル9:27 彼は一週の間、多くの者と堅い契約を結び、半週の間、いけにえとささげ物とをやめさせる。荒らす忌むべき者が翼に現われる。ついに、定められた絶滅が、荒らす者の上にふりかかる。」
この箇所で、反キリストが「一週の間、多くの者と堅い契約を結び」というとき、それは、今までの聖書の契約の箇所を読むなら、決して政治的なもの、単にこの世の人に関係することとは思えず、逆にクリスチャンの永遠の命に関する契約であることが理解できるでしょう。そうです、反キリストはこの1週、艱難時代の間、多くのクリスチャンと信仰的な契約を結ぶのです。そして、自分を神として受け入れ、崇めるような契約を結びます。そして反キリストとそのような契約を結ぶものはキリストの契約を破棄され、永遠の命を失うのです。
中東の7年の平和条約だなどと的外れなことをいう人々は聖書も神の力も知らないのです。このことを知りましょう。終末における主のみこころをおこないましょう。
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