▼悲しみを戦意に変えるテレビ

          だが私が見たところ、なぜアメリカ国民が世界貿易センターの崩壊現場を見る必要があ
         るかといえば、それは「悲しみ」を記憶しておくためではない。むしろ「テロとの戦争」
         のために国民が一致団結しなければならないからで、テロの現場はその象徴だからだろ
         う。つまり、世界貿易センターの跡地は、悲しみの象徴であると同時に、戦争遂行の象
         徴、「敵」を明示するための象徴でもあると思われる。

          そして「悲しみ」を「戦意」に変えるための役割を果たしているのが「テレビ」であ
         る、と私は感じた。アメリカのテレビ、特にCNN、ABC、FOXといった大手は、私
         が見た限りでは、アメリカがやっている「戦争」に関連した番組ばかりが目についた。

          「911」(9月11日のテロ事件)以降、軍や警察、消防などの制服組の人々が、勇
         敢な救援活動などによって英雄(ヒーロー)として扱われるケースが増えたが、右派系と
         いわれるFOXでは、911以降に英雄的な行為をした人々を次々と紹介する番組をやっ
         ていて、番組の最後に「あなたの周りに英雄がいたらお知らせください」と告知してい
         た。

          ニューヨークの消防署の中には、世界貿易センターに救出に行ってビル崩壊に巻き込ま
         れ、消防隊員の多くが死去した署がいくつもあるという。そのような話は痛ましいが、そ
         の一方で「英雄」作りに精を出すテレビ番組に接すると、何だか昔の中国共産党がやった
         ようなプロパガンダにも似て、見ていて抵抗感があった。

          こうした中国との比較を、たまたま話す機会があったアメリカ人(白人男性)に話す
         と、むっとした様子で「アメリカは今、戦争という非常時なのだから、そういう比較は短
         絡的だ」と反論された。「アメリカは民主的で進んだ国、中国は独裁的で遅れた国」とい
         う意識を持つアメリカ人は多いが、それが発言に表れていた。

         ▼愛国心を使って商品を売る

          愛国的な番組の途中で流れるコマーシャルも「愛国心」を使って商品を売ろうとしてい
         た。たとえば自動車メーカーのゼネラルモータース(GM)は、星条旗を降る従業員に送
         り出されて工場を出発した赤いピックアップトラックが、ニューヨークの消防署に届けら
         れるというドラマ仕立てになっていて、言いたいことは「愛国心がある人は(トヨタやヒ
         ュンデなど外国メーカーではなく)GMの車を買いましょう」ということなのだと感じら
         れた。

          クレジットカード会社は、手数料の一部が911の犠牲者の遺族に贈与されるという
         「愛国カード」を宣伝していた。数日前の新聞で「遺族はすでに必要以上の救援金を受け
         取っており、追加の義捐金の受け取りを辞退するケースが増えている」という報道を見た
         私のような外国人の目には、カード会社の「商魂」が目についてしまった。

          また私のニューヨーク滞在中、感謝祭のパレードがあったが、そこも愛国心の発露に満
         ちていた。パレードの中で「セレブレイト・アメリカ!」(アメリカ万歳)と繰り返す歌
         を歌いながら、笑顔満面の若者たちが踊るショーがテレビで放映されていた。

          それを見ていて「この笑顔はどこかで見たことがある」と感じた。考えてみると、一つ
         は「北朝鮮で首領様に奉納される踊りの笑顔」であり、もう一つは日本の新興宗教であっ
         た。アメリカという国は、キリスト教と「民主・自由」といったアメリカ建国の理想とが
         結びついた一種の新興宗教ではないか、と一瞬感じた。

          テレビに加え、炭疽菌の事件や、11月12日のニューヨークでのアメリカン航空の墜
         落事故など「911」で始まった恐怖を人々に忘れさせないような事件が、偶発的に起き
         たものかどうかもはっきりしないまま、続発している。これらの状況が、アメリカの人々
         の心理を非常に特殊な状態にしていると思われた。