話を元に戻そう。こうした聖書黙示録的な「預言カレンダー」と、アメリカのグローバル政
治との関係いかんという点では、熱心なキリスト教信者であればあるほど、いっそう強くイス
ラエルを支持するということを、まず指摘しておきたい。
福音派やキリスト教原理主義者にとって、中東、とりわけイスラエルは宗教的に大きな関心
事である。なぜなら世界が終わりの日を迎えたとき、イスラエルの地で神の救済ドラマが決定
的になるからである。ラヘイがよく口にするのは、イスラエルが建国され、ユダヤ人が先祖の
地に世界各地から続々と帰還している事実こそ、イエス・キリストの再臨が間近いことの「最
大の兆し」である。『レフトビハインド』 であろうと、ほかの福音派作家の手になる預言小説
の類であろうと、イスラエルは、神の国が成就するために絶対不可欠な国という理解では変わ
りがない。アメリカのキリスト教保守派は熱烈な愛国主義者であるのだが、事「世の終わり」
に関するかぎり、アメリカ合衆国は救済ドラマでは、物の数に入らない。なぜなら聖書のどこ
を探しても、アメリカのアの字も出てこない。そこで原理主義者はアメリカが救済されるため にも、聖書に登場するイスラエルをまず支援しなければならないと考える。
アメリカを愛する
ことでは人後に落ちないファルウエルでさえ、一九八五年、もしアメリカが「イスラエルを防
衛できなければ、われわれは神から見放されてしまう」と述べている。イスラエル共和国をパ
レスチナのイスラム教徒から守ることができなければ、アメリカは神から見放されてしまう。
もしこのファルウエルの言葉が正しいとすれば、ブッシュのアメリカはずいぶんと点数を稼い
で、神の目にはいたって覚えめでたいことになる。
ファルウェルとイスラエルの関係は古い。一九七八年、ファルウエルは当時のイスラエル首
相メナハム・ベギンに招待され、初めてイスラエルの地を旅した。そのとき彼はイスラエルの
国家建設のありさまに圧倒され、以来、イスラエルにキリスト教使節団を頻繁に送り、ユダヤ
人入植地に対する資金援助に多大な労力を振り向けてきた。
アメリカの宗教右派、とりわけプッシュ政権中枢にあって、中東政策に力を振うキリスト教
シオ二ストの影響力は大きい(「ボーンアゲイン・シオニスト『マザージョーンズ』。二〇
〇二年九月十月合併号)。たとえばオクラホマ選出の共和党議員ジム.インホッフ、下院院
内線務のトム・デイレイといった議会内のタカ派は、これまでラヘイ、ファルウエル、リード、
ロパートソンなどのキリスト教原理主義者と親密な関係を維持してきた。そしてこうした原理
主義者やタカ派共和党要人と深く繋がったのが、イスラエル共和国の右派、アリエル.シヤロ
ン首相とペンジャミンネタニエフ蔵相で、両者の同盟は最近さらに深まった。ロバートソン は今もことあるごとに、アメリカ国内の親イスラエル団体から表彰されたり講演会に招かれた
りと忙しい。ロバートソンはその返礼として、ヨルダン川西岸、ガザ両地域に進出したユダヤ
人入植者への募金活動を全米各地で組織してきた。
こうしたアメリカのキリスト教シオニストとイスラエルの右派政治家は、これまで数々の政
治的危機に際して絶大な力を発揮してきた。アメリカが九・一一の衝撃からまだ覚めやらぬ二
〇〇二年四月、イスラエル軍はパレスチナ人テロリストの排除を名目に、ウエストバンクのジ
エニン難民キャンプに侵攻し、パレスチナ人側に五〇〇人以上の死傷者をもたらした。このと
き国際世論はイスラエルの武力行使に激昂し、国連のアナン事務総長は、元国連難民高等弁務
官の緒方貞子を団長とした国連調査団の派遣を決め、パレスチナ自治政府が訴える民間人虐殺
の事実調査に当たらせた。これに対してイスラエルのシヤロン首相は、原因はパレスチナ側が
治安責任をとっていないからだ、自治政府を崩壊させたのはイスラエルではなくパレスチナ人
自身だと激しく応酬した。
このときファルウエルは、国際世論の反発をものともせず、イスラエル断固支持の大衆キャ
ンペーンを張った。デイレイも、アメリカの親イスラエル外交が揺らぐことのないよう議会に
圧力をかけた。デイレイはこの事件後、イスラエルに事実調査団を率いて出かけ、その結果を
アメリカ・イスラエル公共問題委員会で報告した。その報告というのはイスラエル賛美のオン
パレードで、デイレイは開口一番、イスラエルがパレスチナを「占領した事実はどこにもなか った」と証言した。なぜなら国家として「存在したのはイスラエルだけ」 で、したがってイス
ラエルはパレスチナを不法占領していない、もともとパレスチナの土地はイスラエルのものだ
という、急進的シオニストの弁そのままだった。かつてイスラエルの国会に招かれて、「自分
は魂においてイスラエル国民である」と演説して大喝采を浴びたデイレイにしてみれば、それ
はごく当たり前のことだったのだろう(「彼ら自身の帝国」既出)。
共和党下院院内総務のデイレイは、イスラエルの領土拡張政策を、聖書預言の成就と見て、
人一倍熱心に支援してきたキリスト教原理主義者である。プッシュ大統領が曲がりなりにも中
東和平案として「平和のための行程表(ロードマップ)」を発表し、イスラエルとパレスチナ
双方を国家として認める素案を示したとき、デイレイはそれに真っ向から反対し、「イスラエ
ルが問題なのではない、イスラエルが解決なのだ」と抗弁した。つまりパレスチナ人が追い立
てられ、イスラエルが占領地を広げることは「問題」ではなく、パレスチナ紛争の「解決」そ
のものだというのである。
こうした原理主義者、福音派のキリスト教シオニストによるイスラエル一辺倒には、アメリ
カ国内のユダヤ系市民ですら疑問の声をあげた。『時の終わり − 原理主義と「神殿の丘」 の
戦い』 の著者で、ボストン大学ミレニアム研究センターのガーショム・ゴレンバーグは、アメ
リカの宗教保守とイスラエルの関係を「いびつな相互利用」と述べ、福音流がイスラエルを支
援するのは、何もユダヤ人のためを思ってのことではない、イスラエル国家の存続が、自分た
ちの信じる聖書預言の正しさを証明するという、自分勝手な動機のためだと批判した。
アメリカの福音派はユダヤ人が本当に好きなわけではない。彼らは自分の物語、つまり
自分が主役で、端役としてユダヤ人が登場することが好きなので、それは本当のわれわれ
ではない。福音派の筋書きを読んでみると、どうやらシナリオは全五幕からなつており、
ユダヤ人は第四幕で消滅することになる (「中東と聖書の頭言」 『セオクラシーウォッチ』
二〇〇三年十二月)。
アメリカの保守キリスト教が持つ反ユダヤ感情は根深い。しかしそんな反ユダヤ主義で鳴ら
す福音派や原理主義者が、今やユダヤ人国家の最強の味方になったのだから、なんとも皮肉な
話である。二千年も続いたキリスト教の反ユダヤ人感情が一朝一夕になくなるわけはなく、早
い話、イスラエルの断固支援を叫ぶラヘイにしても、モラル・マジョリティで活躍していた頃、
ヨーロッパでユダヤ人虐待が起こつたのはユダヤ人が悪かったからだ、ユダヤ人はキリストを
十字架に架けた張本人だと発言し、一九八八年、ジャック・ケンプの共和党予備選の選対委員
長だったところを、この反ユダヤ主義発言がもとで辞任するはめになっている。しかし最近も
これに懲りず、雑誌のインタヴユーで、ラヘイは「世界史上、最も醜悪な陰謀の数々はユダヤ
人の心から出た」と口をすべらせた。もっともすぐ後に 「ユダヤ人は頭は良いのだけれど」と、
間抜けなコメントを付け加えてはいる。
もちろんアメリカの四人ないし三人に一人といわれる、ポーンアゲインや福音派の人すべてが、あからさまに反ユダヤ主義を標榜しているわけではない。しかしそれでも、その親イスラ
エルの基本姿勢は、自分たちの神学理解からしてそうなのであって、できればユダヤ人をキリ
スト教に改宗させたいという願いは衣の下に覗いて見える。いやそれどころか、不信心なユダ
ヤ人は、神の怒りに触れて滅亡するとの宗教的願望さえ一部にある。それでもロバートソンや
ほかの宗教右派指導者たちは、親イスラエルの姿勢は何も聖書預言だけが理由ではない、道理
に適った選択だと批判の打ち消しに躍起ではあるのだが。
原理主義者がシヤロンを個人崇拝し、ひいてはイスラエルを全面支援するのは、彼らがひと
えに聖書を逐語的に解釈するためで、聖書に書かれていること一つ一つは、すべて正しく、人 類への神の計画を記していると彼らは考える。ベギンと右派リクード党は、一九六七年以来、
占拠してきたパレスチナ地域を合併する「大イスラエル構想」を掲げてきたが、これをアメリ
カのキリスト教徒が支持するのも、それが旧約聖書に預言された神の摂理に適ったものと見る
からである。
たとえばキリスト教連合の二〇〇二年年次総会のこと、会場に集まった数千人の原理主義者
たちがイスラエル断固支指を連呼するなか、エルサレム市長エフド・オルメトが壇上に立つと、
会場の熱気は最高潮に達した。イスラエルによるエルサレム占領を、ユダヤ人でもないアメリ
カのクリスチャンが熱烈に支援するというこの奇妙な光景。イギリスでは二%、ドイツでは
四%ないし、せいぜいよく見積もっても七%を超えることのない週ごとの教会出席率が、アメ
リカでは四〇%を超え、しかも宗教と政治の結びつきは強い。そのため中東政策の決定におい
ては、プッシュさえ国内のユダヤ人団体以上に、キリスト教保守派の顔色を窺わねばならない。
イギリスの一般読者は−とガ−デイアン派は続けるのだが−こうしたキリスト教活動家
家の存在など、政治と宗教の関係から愚の骨頂と思うにちがいないが、アメリカの政治家はそう
は考えない。キリスト教連合総会は、大統領執務室から衛星中継を介したプッシュ大統領の祝
福祈祷で始まった。有力な共和党議員が次々に登壇し祝辞を述べ、トム・デイレイは二度も壇
上に呼び戻された。デイレイは十一月五日の中間選挙後、下院院内総務の最有力候補で、ワシ
ントンで権力を持つ最大級の人物になるとのもっぱらの評判である(前掲書)。 イスラエル支援には、ユダヤ人をキリスト教に改宗させたいという隠れた事情がある。しか
し集会に登壇した宗教右派指導者は誰もそんなことを口が裂けても言わない。他方、イスラエ
ルのユダヤ人政治家のほうもそれを万事承知の上で、パレスチナ問題で味方になってくれるな
ら誰でもと、原理主義者の支持を得ようとする。カウンターパンチ紙のウィリアム・クックは、
こうした現実を「神、それも三千五百年の大昔、小さな遊牧民のセム族が信じた神が、二十一
世紀のアメリカで、外交政策はどうあるべきかを左右するなど、いったい誰が信じられようか」
と皮肉まじりに解説する (「ハルマゲドン不安症-悪がやってくる」既出)。