族長制度と、長老を尊ぶ事

 古代のユダヤは長老制度であリ、長老は民族の首長でありまた一郷一村の司長であった。ユダ
ヤ人がエジプトに移住していた時代においても、長老がいて政事を執ったので、他国に同化する
ことなく独立を保ったのである。エジプト時代すでに長老制度があったことは、出エジプト記三
章のモーセの言に見られる。「汝往きてイスラエルの長老等を集めて之にいうべし」。長老として
民の中より選ばれるものは、知識と経験に富んだ権威者であったことも同書に載せられている。

ユダヤ人がカナンに国を建て、その居住を定めた後も一郷一村に各々長老がいた。彼等は郷村の
門の側に建てた役所に座して諸般の公務を司り裁判の権をも有していた。申命記十九章に「その
町の長老等、人を遣りて之をそこより曳き来たらしめ、復仇者の手にこれを渡して殺さしむべし」とある。ヨシュア記二十章には「かかる者は是等の町の一つに逃れゆき、町の門の入口に立ち
て、その町の長老等の耳にその事情を述ぶべし」とある。

 このように長老は一般社会より尊敬され、ヘブライ語ではオテナ、即ち長老と称せられていた。
わが国で長老をオトナといい、また長老を尊敬することも同じであるのは注目すべきである。日
本の上代も族長制度であって、一郷一村に各々長老がいた。そして国においてもまた同じく、天
皇を国の父と仰ぐ風俗がある。このような美風は世界各国には存在せずに、ただわが国にのみ伝
わっているのである。
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