No.13

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プロトコール 九
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    人民再教育に関するメーソン原理の適用。メーソンの標語。反ユダヤ主義の
      役割。メーソンの独裁。テロル。誰がメーソンに仕えるか。ゴイム国家
      の「利口」と「盲目」勢力の意味。権威と群集の交流。リベラリズムの
      放従。教育と訓練の奪取。嘘の学説。法律の解釈。「地下鉄道」(首都
      の)。

 われわれの原理を実行に移すにあたっては、諸兄が現に居住し活動している国々の
人民の性格を考慮していただきたい。われわれが作った鋳型で人民を再教育し終らな
いうちは、一律に原則を当てはめようとしても成功はしない。しかし、慎重に適用す
るならばものの十年とたたないうちに、最も頑固な人民でも変わり、すでにわれわれ
に従っている列伍に新しく加わってくるのが解るだろう。

 リベラルな言葉、われらがメーソンの標語として効果の高い「自由、平等、友愛」
は、われわれの王国が到来した暁には、もはや標語としては使わせず、「自由の権利、
平等の義務、友愛の理想」というふうに単なる理想主義を表現したものに変える。こ
れがわれわれのやり方「「牛は角を捕えよ「「なのである……実際にはわれわれは、
われわれ自身以外のものは、あらゆる種類の支配を一掃したけれども、法律上はまだ
数多くのものが残っている。今日では、どこかの国がわれらに対して反抗を示したと
しても、われわれの裁量下、われわれの指導下にあって形式的に反抗してあるに過ぎ
ない。一例として反ユダヤ主義は、われわれが下層の兄弟たち[ユダヤ人]を監視す
るには必要欠くべからざるものだからである。

この問題に関してはすでに討議が重ね
られているので、これ以上立ち入らない。
 われわれの行動範囲には限界を遮るものがない。われらの超政府はすでに強力絶大
な言葉で現わされている超法規的な状態で存続している「「すなわち独裁である。私
は衷心からから申し上げるが、しかるべき時に、われわれは法律を作り、裁判と宣告
を行う。われわれは生殺与奪を実行する。われわれは全軍の先頭にあって、指導者の
軍馬にまたがる。われわれは意志の力で支配する。

なぜならば、かつて権力を握って
いた党派の残党も、今やわれわれに屈伏しわれわれの掌中にあるのである。われらの
手中にある武器は、貧欲、容赦なき復讐、憎悪と敵意に燃える、果てしなき野望であ
る。
 われわれから生れるもの、それはすべてを巻き込み行く恐怖である。帝政復興主義
者、煽動家、社会主義者、共産主義者、あらゆる種類のユートピア夢想家といったあ
らゆる意見、あらゆる主義の人物たちがわれわれの用を勤めている。われわれはかれ
らを利用して、あらゆる労役を課している。かれらの一人一人が、権威の最後の残党
まで叩き潰さんがために、現在秩序を転覆させることに燃え上がっている。これらの
行動により、全世界の国々が拷問を受けている。各国政府はもう止めてくれと手すり
足すりし、平和のためならどんなことでも代償に出すからという気になっている。だ
が、われわれは、かれらが心底からわれらに服従し、率直にわれらの国際的超政権を
受け入れるまでは、平和を与えるわけには行かない。
 

 人民は社会主義の問題を国際的協調という手段で解決する必要を感じて遠吠えを挙
げている。ばらばらに分れた党派はわれらの掌中に飛び込んでいる。というのは、分
立抗争すれば金が要るが、金はすべてのわれらの手中にあるからである。
 われわれにはゴイムの王たちのうちの「利口な」勢力がゴイム群集の「盲目的な」
力と連合しはしないかという懸念があったが、そのような可能性に対する打つべき手
はすべて打った。両者の間でお互いに恐怖の念を抱かせるという防波堤を設けたので
ある。このようにしておけば、人民の盲目勢力は相変らずわれわれを支持し続け、わ
れわれのみがかれらに指導者を与え、もちろん、かれらをわれらが目指す目標へと引
っ張って行くのである。
 

 盲目的な群集の手がわれわれの指導の手から離れないようにするためには、時々か
れらの中に入って直接交流を図らなければならない。実際にわれわれが自身が行えな
ければ、とにかく最も信頼の置ける兄弟を通じて行う必要がある。われわれだけが唯
一の権威者となった時には、われわれはそれこそ市場のような所で親しく人民と話し
合うだろう。また、われわれが目指す方向にかれらを向けさせるように政治に関わる
問題を指導してやるだろう。

 田舎の学校で教えることを誰が点検するのか? 政府や王の特命全権公使が語るこ
とは、直ちに全国に広まらずにはすまない。それは人民の声によって広まるのである。
 破壊すべき時期でない時にゴイムの諸制度を破壊しないようにするため、われわれ
は巧妙にそっと手をかけた。そして、かれらの機械を動かしているバネの端をつまん
だ。これらのバネは精妙にしかも秩序正しく動いていた。われわれはそのバネを混沌
放従のリベラリズムに代えた。われわれは法律の運営、選挙の管理、新聞、個人の自
由を、原理的にはどうにでも加工できる生存物[人間]の土台である教育と訓練とい
うバネを操った。

 われわれは、われわれが教え込んだことではあるけれども、ゴイムの若者たちに、
われわれには嘘と解っている主義や学説を注入することによって、かれらを翻弄し困
惑させ堕落させてきた。
 現行の法律については、内容的には変えることなく、単にねじ曲げて反対の解釈を
することによって、結果としては大層な成果を挙げてきた。その成果は、第一に解釈
が法律を覆い隠すという事実に、次いで立法の錯綜した糸から何かを引き出すのは不
可能なために、政府の目から法が完全に姿を隠すという点に明かに見てとれる。
 法律を文字に拘泥せずに解釈するという学説は、ここに起源がある。

 諸兄の中には、来たるべき時が来ないうちに、もしもゴイムが真相を嗅ぎつけたら、
かれらは武器を手にして蜂起すると言われる方もおられるようが、それに備えるに西
欧においては、最も太い肝玉の持ち主をも戦慄させる恐怖作戦をもって対抗する「「
すなわち、決定的な瞬間が来る前にすべての首都に地下鉄道、大都市の地下通路が設
けられ、事到ればそれらの首都を建物や書類もろとも空中に吹き飛ばすのである。