<<初代教会教父たちの終末に関する記述:(彼らは誰ひとり艱難前説など支持していない)>>

教父たちは艱難前説を支持していなかった

 

この記事は初代教会の教父たちが終末に関してどのような見解をもっていたのかを

まとめたものである。

 

<教父たちが艱難前説を支持していたとの偽りの見解>

 

最近時々耳にするのが、初代教会の教父たちも艱難前説を支持していた、との見解である。Cyprianが支持していたとか、Irenaeusがそうだとか、具体的な名前まであげられている。

 

しかし、本当にそうなのか、確認してみると、そう主張している当人も「あいまいなところもある」との話である。確たる証拠はないようである。そこで、初代教会の教父たちが実際に終末に関してどう書いているのか、まとめた記述を紹介したい。

 

<艱難前説は新しい見解>

 

繰り返していうようであるが、艱難前説は教会歴史においては、

新しい教理であることは正しく認識しなければならない。

正確には1830年頃イギリスのJ. N. ダービーが言い出すまでは、教会には

存在しなかった教えである。

 

それまでの教会の見解や教理はどうか、というと、選択や考える余地もなく、

「教会は艱難を通過する」という教理が主流、常識だったのである。

今のクリスチャンのように、「艱難の前に教会が挙げられるから、艱難時代への備えや、戦いなど不要」などとは、ダービーのときまでは誰も思っていなかったのである。

 

そしてそれを裏ずけるように、(ダービー以前の)過去19世紀にわたる

教会の歴代の指導者たちの見解は、教会は艱難時代の戦いに備えよ、敵がやってくる、反キリストがやってくる、との警告に満ちている。今の艱難前説者が主張しているような

見解、「艱難の前にキリストの秘密の再臨がある」などと主張している人は一人もいないことが確認できるだろう。

 

<初代教会教父を初めとした過去のクリスチャンの終末に関する見解>

 

 

Didache (AD 100)

 "then shall appear the world-deceiver as Son of God, and shall do signs and wonders, and the earth shall be delivered into his hands, ...but they that endure in their faith shall be saved from under the curse itself. (惑わすものが現われ...彼の手に渡される..しかし、信仰にあって耐えるものは救われるAnd then shall appear the signs of the truth; first, the sign of an out-spreading in heaven; then the sign of the sound of the trumpet; and the third, the resurrection of the dead; yet not of all, but as it is said: The Lord shall come and all His saints with Him. Then shall the world see the Lord coming upon the clouds of heaven." (Didache - Chapter 16)1

 

(コメント: ここでは、惑わすもの、すなわち反キリストが現われ、そして教会や、クリスチャンが彼の手に渡されることが書いてある、そして艱難を経て最後まで耐え忍ぶものは救われると書いてある:艱難後説の教理である)

 

Justin Martyr (AD 100-168)

"Two advents of Christ have been announced: the one, in which He is set forth as suffering, inglorious, dishonored, and crucified; but the other, in which He shall come from heaven with glory, when the man of apostasy, who speaks strange things against the Most High, shall venture to do unlawful deeds on the earth against us the Christians, ((背教の子が)地上でクリスチャンに対して不法な行いをする)(First Apology of Justin, Chapter 110)2

 

(コメント: ここでは、背教の子、すなわち反キリストが、クリスチャンに対して

不法な行いをする、すなわちクリスチャンが艱難に会うことを書いてある:艱難後説の教理である)

 

 

 

Tertullian (AD 150-220)

that the beast Antichrist, with his false prophet may wage war on the Church of God; (獣である反キリストは 偽預言者とともに神の教会に対して

戦いを起こす)(On the Resurrection of the Flesh, 25)3

 

(コメント:ここでは教会が反キリストにより戦いを起こされることが書いてある。

すなわち教会が艱難を経由することが書いてある:艱難後説の教理である)

 

 

Irenaeus (AD 140-202)

and put the church to flight. After that they shall be destroyed by the coming of our Lord.((獣の10本の角は)そして教会を戦わせる。その後、再臨の主により彼らは破滅する。)"  (Against Heresies V, XXVI, 1)4

 

(コメント:ここでは教会が(獣の10本の角と)戦うこと、その戦いの後、

再臨があることが書かれている。すなわち教会が艱難を経由することが書かれている。艱難後説の教理である:Irenaeusは、艱難前説を支持しているという人もいるが、実際は艱難後の教理であることがわかる)

 

Irenaeusは艱難前を支持はせず、教会が艱難時代を経由することを語る

 

 

Cyprian (AD 200-258)

"[T]he Lord hath foretold that these things would come. With the exhortation of His forseeing word, instructing, and teaching, and preparing, and strengthening the people of His Church for all endurance of things to come. He previously warned us that the adversary would increase more and more in the last times."  (Treatise 7) "For you ought to know and to believe, and hold it for certain, that the day of affliction has begun to hang over our heads, and the end of the world and the time of Antichrist to draw near, so that we must all stand prepared for the battle ... (世の終わりと反キリストの時が近づいているので、我々すべては、戦いに備えて立ち上がらなければならない)The time cometh, that whosoever killeth you will think that he doeth God service… Nor let any one wonder that we are harassed with increasing afflictions, when the Lord before predicted that these things would happen in the last times, (Epistles of Cyprian, LV, 1,2) Nor let any one of you, beloved brethren, be so terrified by the fear of future persecution, or the coming of the threatening Antichrist, as not to be found armed for all things by the evangelical exhortations and precepts, and by the heavenly warnings. Antichrist is coming… but immediately the Lord follows to avenge our sufferings and our wounds. (Epistles of Cyprian, LIII, p.722)5

 

(コメント:ここでは、反キリストの時が近づいている、そしてそのために

クリスチャンすべてが立ち上がって戦いに備えることが書かれている、すなわち

クリスチャンが艱難時代を経由して反キリストと戦うことが書かれている:艱難後説の教理である。Cyprianは、艱難前説だという人もいるが、実際は

艱難後説の見解であることがわかる。)

 

Victorinus (AD 269-271)

 "He shall cause also that a golden image of Antichrist shall be placed in the temple at Jerusalem, and that the apostate angel should enter, and thence utter voices and oracles... The Lord, admonishing His churches concerning the last times and their dangers, ... three years and six months, in which with all his power the devil will avenge himself under Antichrist against the Church."(デビルは、

反キリストの下ですべての力をもって3年半の間、教会に対して復讐する)    (Commentary on the Apocalypse, 20:1-3) 6

 

(コメント:ここでは、3年半の間、デビル、サタンが教会に対して、復讐、迫害することが描かれている。すなわち教会は3年半の艱難時代を経由することが書いてある。艱難後説の教理である。)

 

 

 

Hippolytus (AD 160-240) "

... the one thousand two hundred and three score days (the half of the week) during which the tyrant is to reign and persecute the Church … 1260日(半週)の間、横暴な支配者が教会を支配し、迫害する)

(Treatise on Christ and Antichrist, 61)7

 

(コメント:ここでは、1260日の艱難時代の間、横暴な支配者、すなわち獣や反キリストが教会を支配し迫害することが書いてある。すなわち教会が艱難時代を経過し、迫害を受けることが書いてある。艱難後説である。)

 

 

Augustine(アウグスチヌス) (AD 354-430)

... the kingdom of Antichrist shall fiercely, though for a short time, assail the Church... (反キリストの王国が短い間ではあるが、激しく教会を攻撃する)

" (The City of God, XX, 23) 8

 

(コメント:ここでは、反キリストが教会を攻撃することが書かれている。

すなわち教会が反キリストによる艱難時代を経由することが書かれている:艱難後

説の教理である)

 

アウグスチヌスも教会が艱難時代を経由する:艱難後説を語る

 

 

Roger Bacon (AD 1214-1274)

" … future perils [for the Church] in the times of Antichrist(反キリストの時における未来の教会に対する危険)... " (Opus Majus II, p. 634)9

 

 

 

Martin Luther(マルチンルター)(AD 1483-1546)

 "[The book of Revelation] is intended as a revelation of things that are to happen in the future, and especially of tribulations and disasters for the Church..(黙示録の本は未来に起きる出来事の啓示、特に教会の艱難と災いの啓示を意図した本である。).. " (Works of Martin Luther, VI, p. 481)10

 

マルチンルターも教会が艱難に会う、艱難時代を経由することを語る

 

 

John Knox (AD 1515-1572)

 the great love of God towards his Church, whom he pleased to forewarne of dangers to come ... to wit, The man of sin, The Antichrist..(神のその教会に対する偉大な愛、神は来るべき危険を前もって警告することを喜び、罪の人、反キリストのことを)" (The Historie of the Reformation etc., 1, p. 76)11

 

Roger Williams (AD 1603-1683)

 

"Antichrist ... hath his prisons, to keep Christ Jesus and his members fast (反キリストはキリストイエスとそのメンバーを固くとどめるための牢獄を持っている)" (The Bloody Tenent etc., p. 153)12

 

Morgan Edwards (AD 1722-1795)

 "[Antichrist] has hitherto assumed no higher title than 'the vicar general of Christ on earth'..((反キリストは)これまでのところは、おそらく「地上におけるキリストの代表」以上の高い称号は持たないだろう)

"(Two Academical Exercises etc., p. 20)13

 

Charles Hodge (AD 1797-1878)

 "...the fate of his Church here on earth ... is the burden of the Apocalypse" (この地上における教会の運命は、黙示録の重荷である)

(Systematic Theology, III, p. 827)14

 

Carl F. Keil (AD 1807-1888)

" … the persecution of the last enemy Antichrist against the Church of the Lord ... (最後の敵、反キリストによる主の教会への迫害)

(Biblical Commentary, YXMV, p. 503)15

 

<結論>

 

上記の記載からわかるように、Cyprianや Irenaeusなどの初代教会の教父たちが

艱難前の教理を語っている、との情報は誤りであることがわかる。

彼らは聖書が語っているように教会が艱難時代に直面し、反キリストからの迫害にあうこと、教会はそれに耐えるべく戦うことを語っている。

そして、初代教会ならず、アウグスチヌス、ルターなど歴代の代表的な

キリスト者も教会が艱難を経由する、すなわち艱難後携挙説の教理を持っていることがわかる。

 

19世紀すなわち、終末に現われた、艱難後携挙説は聖書がかねてから、終末の日に出現することを予告していた悪霊の教理である。

 

1テモテ4:1 しかし、御霊が明らかに言われるように、後の時代になると、ある人たちは惑わす霊と悪霊の教えとに心を奪われ、信仰から離れるようになります。

 

また艱難の前に挙げられるとは、自分に都合のよいことだけを集めた俗悪な空想話である。

 

2テモテ4:3 というのは、人々が健全な教えに耳を貸そうとせず、自分につごうの良いことを言ってもらうために、気ままな願いをもって、次々に教師たちを自分たちのために寄せ集め、

 

 4:4 真理から耳をそむけ、空想話にそれて行くような時代になるからです。

 

結論として残念だがしかし、はっきりした事実は今の時代のクリスチャンは、

聖書の警告やら、教訓には耳を傾けず、みな、自分の都合のよい、空想話に殺到しているという事実である。

 

艱難前説は終末になって作り出された空想話

 

詳しくは以下のページを参照願いたい

http://www.lastdaysmystery.info/early_church_on_the_last_days.htm

 

 

―以上―