アメリカで秘密裏に稼動する「影の政府」

アメリカは独裁政治へ進むのか?
 

          アメリカ東海岸に、マウント・ウェザーと呼ばれる場所がある。連邦政府が置かれている
         ワシントンDCから西へ120キロほど行ったバージニア州の山中にある。この地名を和訳
         すると「お天気山」だが、それは連邦政府が1902年にその一帯の土地を買い、農務省の
         気象局が気象観測用の気球や凧をあげる場所として使い始めたことに由来している。

          現在は、連邦緊急管理庁(FEMA)という役所が「緊急事態救援センター」をこの場所
         に置いている。FEMAのウェブサイトによると、このセンターには、風水害や地震、テロ
         など、アメリカで起きるあらゆる緊急事態に備えるための施設が置かれている。(関連記事
         )

          FEMAの説明を読む限りでは、このセンターの主目的は天災に備えることであるように
         感じられる。ところが歴史をひも解くと、そうではないことに気づく。

          マウント・ウェザーが持つもう一つの意味が最初に世の中に提示されたのは、1962年
         にさかのぼる。この年に出版された「5月の7日間」というスパイ小説の中に「マウント・
         サンダー」(雷山)という場所にある政府施設の話が出てきて、その場所が現実のマウン
         ト・ウェザーとほとんど同じ場所になっている。(この小説は邦訳されていないようだが、
         1964年に映画化され、日本でもビデオなどで見ることができるようだ)(関連記事)

          この小説では、マウント・サンダーには地下に巨大な居住設備や通信設備が作られてお
         り、核戦争が起きたときに大統領をはじめとする連邦政府の高官たちが避難して臨時政府を
         再構築する場所として描かれている。そして、米軍の軍人たちの最高幹部会である統合参謀
         本部がマウント・サンダーを拠点に、政府を乗っ取るクーデターを画策する・・・・という
         のが「5月の7日間」の筋書きである。当時ワシントンで諜報関係のテーマを取材していた
         2人のジャーナリストが、この小説を書いた。

         ▼架空ではなかった地下政府の存在

          この小説が出版され、ベストセラーとなったとき、読者のほとんどは、マウント・サンダ
         ーというのは全く架空の場所であると思っただろう。ところが1975年、小説の中に出て
         くるマウント・サンダーの場所から約20キロ離れたマウント・ウェザーに、小説で描かれ
         たのとそっくりな連邦政府の避難施設があることを連邦議会がつかみ、問題にした。

          議会上院の憲法権利小委員会が調査したところ、マウント・ウェザーでは米ソ間の冷戦が
         本格化した1950年代から地下施設の建設が始まり、数千人の人員が地下で生活して「核
         の終末」後のアメリカ政府の業務をこなせるよう、居住区や事務所区域、地下発電所、病
         院、火葬場まで備えた巨大な施設が完成していることが明らかになった。

          マウント・ウェザーが選ばれたのは、アメリカ東海岸で有数の硬い花崗岩の岩盤がこの地
         域に存在していたのに加え、ワシントンから近いので有事の際の移動が比較的簡単だという
         理由からだった。小説中の描写は架空のことではなく、マウント・サンダーをマウント・ウ
         ェザーに変えただけで、事実に基づいていたことが明らかになった。

          議会が問題にしたのは、全く議会に知らされないままそんな施設が作られていたことに加
         え、マウント・ウェザーには当時最速だったコンピューターが置かれ、各種行政機関に蓄え
         られた米国民の個人情報にアクセスできるようになっていることだった。

          議会は「核戦争に備えるという名目で、議会民主主義を無視し、情報公開も行われないま
         ま、国民の人権を無視して個人情報が取り扱われている」と批判し、当時マウント・ウェザ
         ーを管理していた政府の「連邦軍備局」(FPA、Federal Preparedness Agency)の担当者を議
         会小委員会に呼んで尋問した。ところが議会に呼ばれた担当者は2時間の尋問の間、国家機
         密を理由にほとんど何も答えなかった。その後、マウント・ウェザーが議会で問題にされる
         ことはなかった。(関連記事)

         ▼議会を通さない大統領令で作られた有事体制

          その一方で、大統領府(ホワイトハウス)の側は、議会の承認を必要としない「大統領
         令」によって、マウント・ウェザーの設備に象徴されるアメリカの有事体制を強化していっ
         た。カーター政権時代の1979年には、冷戦に備える役所であるFPAと、災害復興など
         を行う他の政府機関を合併してFEMAを創設する大統領令を出した。FEMAの機能は、
         その後レーガン、ブッシュ(父)と続く共和党政権下で、さらに強化された。

          FEMAでは、核ミサイルの攻撃などの大事件で政府機能が麻痺した場合に備え、あらか
         じめ有事に政府の各行政機関を動かす合計100人のリストを作り、緊急事態になったら、
         大統領の配下にある「安全保障会議」(NSC)が、この100人を動かして交通や通信、
         マスコミ、発電所などのエネルギー源などをおさえる体制が作られた。

          この100人の組織は、事実上「影の政府」ともいうべきものだ。政府機関の避難用の地
         下施設は、マウント・ウェザーのほかアメリカ東海岸の山中に96カ所作られている。マウ
         ント・ウェザーは大統領とホワイトハウスのスタッフ用で、そのほかにたとえば国防総省は
         ペンシルベニア州のラベン・ロックという場所に、ワシントンのペンタゴンが使えなくなっ
         た場合に備えた地下施設を持っている。(関連記事)

          また有事体制下では、事実上、議会を通さずに法律を制定し、裁判所に代わって司法権を
         発動し、国民を兵役その他の仕事に強制動員できることになっている。有事の際は、議会に
         諮っていると時間がかかりすぎるので、議会を無視した大統領の独裁体制で国家運営ができ
         る、という考えに基づいている。

          こうした有事体制も、1990年代に入って冷戦が終わると、用済みになったと思われ
         た。FEMAやマウント・ウェザーの役割も、戦争を中心とするものから、災害復旧を中心
         とするものに書き換えられた。

          FEMAは1989年のサンフランシスコ大地震や、1992年のフロリダ州の暴風雨被
         害の際に出動している。しかし、FEMAはこれらのいずれの事件の際にも、地元の自治体
         や住民から、十分な働きをしたとは見られていない。被害者を助けるより、緊急事態が発生
         したときにどのような大衆心理が発生するかを調べることに主眼が置かれていたからだっ
         た。(関連記事)

          FEMAの活動範囲には災害復旧だけでなく、戦争やテロに対する備えという分野も入っ
         ている。そのため政府に批判的な人々は「FEMAはいまだに、災害の被害者を助けること
         より、有事の際に権力を掌握することを組織の主眼に置いている」と指摘し続けた。だが、
         彼らの指摘は「陰謀説」の範疇に入れられ、大きく取り上げられることはなかった。

          私自身、911事件の後、大統領府の上層部は911を事前に知っていたが防がなかった
         可能性が大きいことに気づき、大統領府がそんなことをしたのはなぜなのか考えながら、ネ
         ット上の文献などを調べるうちに、FEMAに象徴される有事体制の存在が関係しているの
         ではないか、とも考えた。大統領府による独裁政治が可能になる有事体制を作り出すために
         911が誘発されたのではないか、という見方だった。しかし、911後に有事体制が組ま
         れているという情報はなかった。

          世界で最も民主主義を大切にする国といわれてきたアメリカの最高責任者が、民主主義を
         無視した独裁体制に移行したいなどと考えているはずがない、という気持ちもあった。マウ
         ント・ウェザーを拠点とした「影の政府」の組織作りが決められてから30年以上経つが、
         その間一度も影の政府が実際に稼動したことはなかった。「影の政府」など、名前からして
         スパイ小説の中にしか存在しないものと思えた。

         ▼「陰謀説」呼ばわりをくつがえしたすっぱ抜き

          ところが、そんな状況は3月1日に吹き飛んだ。911の直後からアメリカ史上初の「影
         の政府」が置かれていることをワシントンポストがすっぱ抜き、大統領もその事実を認めた
         からだった。記事の中に「FEMA」という組織名は出てこないものの、影の政府の職員数
         はFEMAの計画と同じ「約100人」で、その役割もかねてから指摘されていた「影の政
         府」そのものだった。(関連記事)

          影の政府は、議会に全く知らせないまま稼動していた。そして、存在そのものはマスコミ
         にすっぱ抜かれても、日々どんな業務を展開しているか、組織の中身は一切明らかにされて
         いない。

          影の政府を率いているのはチェイニー副大統領だとみられている。チェイニーは911以
         降、「大統領と副大統領が一緒にいると、テロ攻撃に遭ったとき両方死んでしまうのでまず
         い」という理由で公の席に姿を現さず、どこにいるか秘密にされている状態が続いていた。

          影の政府が置かれている場所は「東海岸の2ヵ所に分散している」と書かれているだけ
         で、安全保障上のことを考えて記事の中に地名は記されていない。だが、ワシントンポスト
         の記事を後追いしたイギリスのガーディアンは、影の政府が置かれている場所として可能性
         があるのはマウント・ウェザーやラベン・ロックだと指摘している。(関連記事)

          大統領府は、影の政府の存在が暴露された2日後「オサマ・ビンラディンの一味がアメリ
         カに核兵器を持ち込んで爆発させる可能性があるので国境検問を強化している」という発表
         を行った。影の政府が必要とされる緊急事態が実際に続いているのだ、と強調することが目
         的だったと思われる。(関連記事)

          「911という前代未聞のテロ事件に遭遇し、その後もアメリカ本土に対して再びテロ攻
         撃が行われる可能性が大きい以上、影の政府を置くことは疑惑をもたれることなどではな
         く、むしろ大統領府が危機に対してきちんと対応していることを示すものとして歓迎される
         べきだ」というのが、アメリカでの常識かもしれない。

          だが、以前の記事でたくさん書いてきたように、911テロ事件は大統領府やCIAなど
         が誘発して起こした可能性が大きいことを加味して考えると、全く違う解釈が成り立つこと
         に気づく。「大統領府による独裁政治が可能になる有事体制を作り出すために911が誘発
         された」という解釈である。

          世界で最も民主主義を大切にするはずのアメリカ合衆国のトップが、なぜ独裁体制を作ら
         ねばならないのだろうか。その辺のことは改めて考えたい。