◆編集後記◆「剣を取れ」2002/1/26

ヨエル3:10 あなたがたの鍬を剣に、あなたがたのかまを槍に、打ち直せ。弱い者に「私は勇士だ。」
と言わせよ。

鍬やかまは耕作、畑を耕す道具です。私達は、
畑を耕し、みことばの種をまくよう教えられている者達ですが、
しかし、ある日、私達の主が、「鍬を剣に、あなたがたのかまを槍に、打ち直せ」と語る日が来る事
を知るべきです。
剣、槍はみことば、教理の戦いを意味するように思えます。
すなわち、主が「みことばの真理のために戦え」と命じる
日が来るのです。

もしかすると、今がその時かもしれません。
御存じの方もいるかもしれませんが、某キリスト教
掲示板では、「角笛」は、HATE SITE(悪口HPの意?)であると
名指しで非難されています。
その発端は、「ラストトランペット」「ハリーポッター」
の警告記事を紹介したからです。
しかし、「魔術のマニュアル本(メイヤーさんの言葉)」
「ハリーポッター」への
警告のどこに問題があるのでしょうか?
確かにこの面においても「剣」を用意する時であることを
知ります。

それを契機に2チェンネル掲示板においても「角笛」「小石牧師」
への非難が現れてきたようです。
以下は、小石牧師の文章からの引用:

ー引用始めー

フリッツ・スプリングマイヤーへの攻撃
以下に引用するのはインターネット上に現れたフリッツ・スプリングマイヤーへの攻撃文書である。こ
の内、トレルという牧師?の文書は必ずしも全部うそではない。確かにフリッツには私にも理解でき
ない部分があった。見ようによってはそうも受け取れると言える。特にシスコさんとの関係は私には
不可解なものであった。(現在は別れている)しかし、後半のオレゴンの新聞記事はでたらめであ
る。警察は大麻の植木鉢をフリッツの家に持ち込んで、撮影した。
さて、しかし、ここで重要なのは、なぜ、今、特に日本にこのような文書がわざわざ翻訳されて現れ
るのかということなのである。ほとんど99%の以上の日本人にとってフリッツ・スプリングマイヤー
などという名前は全く未知のものであろう。この文書を読む人の大部分は、フリッツの著作を読んだ
ことも無く、何の興味も無かっただろう。そして恐らく今後も読むことさえ出来ないだろう。だから
これらの人々はフリッツを批判する文書から、初めてフリッツなる人物の存在を知ることとなる。こ
れは奇妙なことではあるまいか。
普通の人なら、このフリッツという人物は何者なのだろう、何か、ひどく悪いことをした者のよう
だ。と思うのだろう。そして誰かが、この人物を非常に警戒しているのだなあと思うだろう。
私はこの文書を読み、その現れ方の不自然さを考えると、逆にフリッツの仕事の重要さを思わずにい
られない。日本には「雉も鳴かずば撃たれまい」ということわざがあるが、フリッツなど何も言わな
ければ日本では話題にさえならない人物だ。ところがこの文書を翻訳し、インターネット上に流して
いる人々は、それでは治まらないのである。何かひどく気にしているのだ。
フリッツを最初に日本に紹介したのは恐らく私だと思う。そして、笑ってしまうのだが・・・・・・! こ
こに紹介されている“著書”というのが、日本でこそ一部立派な本になったが、アメリカではそれこ
そガリ版刷りに近いお粗末なコピー本に過ぎないのだ。 
こんな誰も知らない無名の著者のお粗末な本。しかし、誰かが、我慢できない、無視できない、放っ
ておけない、らしいのである。ということはフリッツの仕事は非常に重要なのだということを証明し
ている。それは書かれている内容が真実だからであろう。フリッツという一人の男の経歴とその仕事
の内容とは必ずしも無関係ではないが、それによって内容の重大さが差し引かれるものでもない。モ
ーツアルトの曲が、本人の奇行とは無関係であるように。
ー引用終わりー

日本ではおそらくほとんど誰も読んだことのない、
フリッツ・スプリングマイヤーへの攻撃文書が
えんえんとインターネット2チャンネル掲示板に
流れています。その理由は、恐らく、小石牧師の
著書の情報元である、スプリングマイヤーの信用を
落とす事により、小石牧師の本の信ぴょう性を
落とそうという作戦なのでしょう。
逆に同牧師の書いた本の重要さが、わかると
いうことです。
尚、これに関連しておかしなことがありました。小石牧師

上記文書を含めて1-2の文書をE-MAILで知り合いの2ー3名に
送りました。その1-2日の後、これらの同牧師の
文書がインターネット上に流れたのです。
それらの受け取った2-3名のうち、誰も、
そんなところに書きこんでいないのにです?
明らかに我々のメールは盗聴されているようです。
ここにおいても「剣」が必要かもしれません。
今はまさしく、「戦い」の時であると我々はとらえています。
是非、みこころを感じた方はとりなしの祈りをお願いします。