現在のヨハネ・パウロニ世はフリーメーソン

現在の法王はヨハネ・パウロニ世である。前の本に書いた聖マラキの予言によると、この法王は「東の労働者」または「太陽の骨折り仕事」とある。確かに現在の法王は一見善良で苦労しているように見える。しかし、彼はポーランド出身のユダヤ人でフリーメーソンである。彼の法王制の下でP2ロッジによるパチカンの財攻取奪とメーソンによるカトリック教会のあらゆる階級への浸透は続いている。そのためにロックフェラ−一族はパチカンの学校とプロジェクトに大変な額の金を支払っている。億万長者ローレンス・ロックフェラーがカトリックのニューェイジ僧侶マシュウ・フォックスを後援し、彼は非常にサタン的な本『宇宙的キリストの来臨』という本を書いた。マシュウ・フォックスは男根崇拝者であり、母なる地球の信奉者(地球を一つの生命体と見て偶像化する信仰、ギリシャ神話の地の女神ガイァ信仰につながる)カール・グスタフ・ジャンギの精神分析学の実践者である。フォックスの一元論は三○○○年前のヒンヅー教の教えである。

他にもケニ
ス・ワブニックのようなニューエイジ・カトリック者がニューェイジの福音を伝えている。ヨハネ・パウロ二世の下でバチカンは近代史上最大規模のプロジェクトを遂行した。カトリック教会は新世界秩序の祝福の内にポーランドの「連帯」運動を創設した。一九八六年だけでカトリック教会から「連帯」に一億ドルが送られたと見積もられている。この運動が起こる前にロシヤの通報者によって、その計画の細目が明らかにされた。それによると共産主義者たちは東ヨーロッパを解放し、ヨーロッパとロシヤの合体を図り、来るぺき大ヨーロッパを中心とする世界統一政府を作るためであった。

ヨハネ・パウロ二
世がフリーメーソンだと知って驚く事はない。彼はヴァチカンの重要なポジションにメーソンを配置している。また、今やカトリック信者は教会の公式の機関紙からフリーメーソンのプロバガンダを聞かされている。アメリカ・カトリック・マガジンの九一年五月号はまるでフリーメーソンの募集記事のようだ。その記事にはレンガや鉛管工やこてなどの絵が描かれて、フリーメーソンが建築労働者の延長のような偽りのイメージを与えている。「フリーメーソンは月毎に集まって昔風の儀式をします、単なる社交のために……それは大人のポーイスカウトです。(よく言うよ!)・…今日、メーソンは本質的に温和な奉仕団体なのです」そして最後に「あなたも歓迎します」とある。
 

ものみの塔とユダヤ教の深い関係

 

 

先にルネッサンスの項で、エノキアン・マジックというものについて少し説明した。このエノキアン・マジックはメーソンの思想の重要な部分である。そしてこれはエホバの証人を作ったチャールズ・ラッセルと深く結びついている。それはエノク書という旧約聖書の偽典と呼ばれる書物が元になっている(プロテスタントはこれらの外典とか偽典を聖書とは認めていないが、カトリック教会は認めている)。エノクとはアダムから七代目の人類の祖先で、非常にミステリアスな人物である。彼は人類で最初
に死なないで天に行った人として知られている。創世記5:21〜24に、「エノクは六五歳になっ
て、メトセラを生んだ。エノクはメトセラを生んだ後三○○年、神とともに歩み、男子と女子を生ん
だ。エノクの年は合わせて三六五歳であった。エノクは神とともに歩み、神が彼を取られたので、いなくなった」と書かれている。この他に新約聖書へブル書
11:5に「信仰によって、エノクは死を見ないように天に移された。
神がお移しになったので、彼は見えなくなった。彼が移される前に、神に喜ばれた者と、あかしされていたからである」

また同じくユダ書14に「アダムから七代目にあたるエノクも彼等について予言して言った、
『見よ、主は無数の聖徒たちを率いてこられた。それはすべての者にさばきを行うためであり、また、不信心な者が、信仰を無視して犯したすべての不信心なしわざとさらに不信仰な罪人が主にそむいて語ったすべての暴言とを責めるためである』」とある。エノク書はおそらくこのエノクのミステリアスな生涯に魅せられた人々が勝手に想像して書いたものだろうが、神に逆らい堕落した天使たちについて非常に多くの関心を寄せているのがおもしろい。この中で天使の事を「寝ずの番をするもの』とか、『見張り』とか呼んでいる。英語でいうならwatchであろうか。

この堕落天使の長がルシファー・サタンであ
るのだが妙な事にエノク書には出てこない。そしてこの堕落天使たちが人間の女の美しいのを見て妻にし、それから巨人が生まれ、その身の丈は三○○○キュピト、一五○○メートルもあったというベラポウな話が書いてある。一キュビトとは約四五センチである。もっとも、エノク書にはこの巨人を「悪霊と呼ぶ」とあるから本当の肉体を持っていたのかどうかは判らない。一五○○メートルもの高さの巨人はまさにwatch towerと言
うにふさわしいだろう。
 

そうするとWatchtowerは悪霊の事なのだろうか。この話に似た話も聖書に出て
いる。創世記6:1−4にあってなぜか「神の子たちが人の娘の美しいのを見て妻にめとった」結果、巨人
ネビリムが生まれたとあるのだが、その身の丈が一五○○メートルなどとは書かれていない。この巨人の残存子孫は時々聖書の中に現れる。申命記3:11には「パシャンの王オグはレバイムのただひとりの生存者であった。彼の寝台は鉄の寝台であった。これは普通のキュピト尺で、長さ九キュビト、幅四キュピトである」とある(レバイムとはネビリムの事と思われる)。九キュビトは約四メートル、四キュビトは約一・八メートルであるから彼は三メートルを越える背丈だったのだろう。またダビデが倒したゴリアテもその子孫と考えられ(隔世遣伝?)身の丈六キュビト半、約三メートル、指はそれぞれ六本づつあったとあるので今日の人間とはかなり違っていたと考えられる。ここに言う神の子というのは天使の事であるが、イエス・キリストは天使は結婚しないと言っている。
 

天使には性別がないと言う意味に
受け取られているので、この旧約聖書の箇所は謎の中の謎としてキリスト教会一般には理解不能の箇所とされている。〃健全な〃クリスチャンや解説者はこの「神の子」と言うのがセツの子孫で、女と言うのがカインの子孫だと言うがこれはまったく話にならない。ではなぜ巨人ネビリム
が生まれて来たのか説明できない。

この箇所は妙にギリシャ神話と似た所である。その他、エノク書は
天地の果てだの、数多くの天使の名前だの、堕落した天使が人間に教えた知恵だのと人間の好奇心をそそる話題が書かれているのだが、支離減裂でその上極めて不健全な霊感を感じさせる書物である。だから聖書を決定した人々が早くからこの書を外していたのは当然である。確かにエノク書はその後のオカ
ルト本の先駆だったといえよう。このような霊感の内容を重んじるエノキアンマジックを後生大事にするフリーメーンンとエホバの証人のラッセルがどういう霊に導かれていたのか自ずと知れてこよう。フリーメーソンのロッジには普通所在地の後ろに数をつけた名前がある。

サンフランシスコ七ロッジとか
こューョーク三九六ロッジとかである。しかし、時には有名なメーソンの名前をつける場合がある。フランクリン・ロッジとかラファイェット・ロッジなどである。さらにメーソンの好きなテーマ、ミスチック・サークル・ロッジとかライジング・サン・ロッジとかニュー・エルサレム・ロッジなどのこともある。その中にミツバ・ロッジと言うのがある。ミツバとはなんだろうか。ミツバと言うのは旧約聖書に出てくる町の名でヘブル語で「監視塔」を意味する。フリーメーソンの中でもエノキアンマジックを学んだ最高位のメーソンは「マジカル watchtowers」と言うキーワードを用いる。

それは神秘を知っているということのしるしである。watachtowerヽ監視
塔、物見櫓、ものみの塔。昔の町は城壁に囲まれていて、その城壁の角々に1段高い監視のための塔が
あった。これは航空機やレーダーの無い時代では遠距雛を見通す戦略上重要なものであった。ところでエノキアン・マジックではこの言葉に特別の意味を与えている。オカルチスト全般に人は皆それぞれの内に神的きらめき、内なる神、天使とか守護天使を持っているという。この内なるパワーとのコンタクトによって誰でも隠された法、知識を得る事が出来る。そのためにはこのwatchtowerの知識が助けになるというのだ。このwatchtowerは四つの領域を持ち、それぞれにオカルトの分野に対応している。

肉体を除く全ての分野は正しく構成される事によって、彼等の言う「光の体」となり、ニューエイジ、メーンン、薔薇十字団などの魔術節たちはその肉体を離れwatchtowerに入る事ができ、そこに入った者は解脱者、進化した魔術師となる事が出来ると言う訳である。私にはこんなオカルト的な知識を書かねばならないのは大変に苦痛なのだが、これがフリーメーンンの最高階級の必修課目であり、さらに、「エホバの証人」のラッセルが彼の思想とそれを宣伝する組織をwatchtowerと呼んだ理由だから書かないわけにはいかなかった。

またここまでわざわざものみの塔と書かないで、watchtowerと書いたのは、
いわゆる、「ものみの塔」という屈体と混同しないためである。ラッセルがなぜ彼の思想の最重要な表現手段を「ものみの塔」と呼んだのか分かって頂けただろうか。彼はエンキアンマジクのエキスバートであり、単に高位のフリーメーソンだっただけではなく彼等の計画の突出した人物、別の言葉で言えばキーバーソンだったのである。watchtowerは最高位のフリーメーソン、特にスコッティシュ・ライト、ライト・オブ・メンフィス、ライト・オブ・ミツライムなどイルミナティの最高レベルの結社の非常に重要な知識であ
った。

この知識を持たず、さらに四つのwatchtowerに入る(イニシェートする)事を求めないイルミナ
ティ・メンバーはほとんど無価値とされた。ラッセルはその意味で非常に特別な地位にあったはずである。ところがラッセルはジョセフ・スミスと違って、決してこの事を明らかにはしなかった。ただ、ものみの塔と言う名称を使っただけである。それはなぜだろうか。秘密は高ければ高いほど、違反に対する罰則も厳しくなる。もし、違反すれば死を持って報われる。

ベンジャミン・フランクリンという人物
を知っておられるだろう。しかし、彼の多くの良い逸話に対して、彼がフランスのオカルト的なグランド・オリエント・メーソンのグランドマスターであり、多くの反クリスチャン的な活動をしていた事実はまったく知られていない。ラッセルにせよ、その後の指導者にせよ、メーソンとの関係やこれらのオカルト的な知識に関してはむしろ否定的にすら書いている。しかし、泥棒が自分を泥棒だと宣伝して歩かないのと同じでこれは彼等のカモフラージュに過ぎない。証拠は歴然としてある。ラッセルが一時期セブンスデー・アドベンチストという団体と交流を持ち、あたかもそこから彼の宗教のヒントを得たかのように装っているのは、彼のフリーメーソンの背景を消すた めである。

 現在のヨハネ・パウロニ世はフリーメーソン

現在の法王はヨハネ・パウロニ世である。前の本に書いた聖マラキの予言によると、この法王は「東の労働者」または「太陽の骨折り仕事」とある。確かに現在の法王は一見善良で苦労しているように見える。しかし、彼はポーランド出身のユダヤ人でフリーメーソンである。彼の法王制の下でP2ロッジによるパチカンの財攻取奪とメーソンによるカトリック教会のあらゆる階級への浸透は続いている。そのためにロックフェラ−一族はパチカンの学校とプロジェクトに大変な額の金を支払っている。億万長者ローレンス・ロックフェラーがカトリックのニューェイジ僧侶マシュウ・フォックスを後援し、彼は非常にサタン的な本『宇宙的キリストの来臨』という本を書いた。マシュウ・フォックスは男根崇拝者であり、母なる地球の信奉者(地球を一つの生命体と見て偶像化する信仰、ギリシャ神話の地の女神ガイァ
信仰につながる)カール・グスタフ・ジャンギの精神分析学の実践者である。フォックスの一元論は三○○○年前のヒンヅー教の教えである。他にもケニ
ス・ワブニックのようなニューエイジ・カトリック者がニューェイジの福音を伝えている。

ヨハネ・パウロ二世の下でバチカンは近代史上最大規模のプロジェクトを遂行した。カトリック教会は新世界秩序の祝福の内にポーランドの「連帯」運動を創設した。一九八六年だけでカトリック教会から「連帯」に一億ドルが送られたと見積もられている。この運動が起こる前にロシヤの通報者によって、その計画の細目が明らかにされた。それによると共産主義者たちは東ヨーロッパを解放し、ヨーロッパとロシヤの合体を図り、来るぺき大ヨーロッパを中心とする世界統一政府を作るためであった。ヨハネ・パウロ二世がフリーメーソンだと知って驚く事はない。彼はヴァチカンの重要なポジションにメーソンを配置している。また、今やカトリック信者は教会の公式の機関紙からフリーメーソンのプロバガンダを聞かされている。アメリカ・カトリック・マガジンの九一年五月号はまるでフリーメーソンの募集記事のようだ。その記事にはレンガや鉛管工やこてなどの絵が描かれて、フリーメーソンが建築労働者の延長のよ
うな偽りのイメージを与えている。「フリーメーソンは月毎に集まって昔風の儀式をします、単なる社交のために……それは大人のポーイスカウトです。(よく言うよ!)・…今日、メーソンは本質的に温和な奉仕団体なのです」そして最後に「あなたも歓迦します」とある。

ものみの塔とユダヤ教の深い関係

先にルネッサンスの項で、エノキアン・マジックというものについて少し説明した。このエノキアン・マジックはメーソンの思想の重要な部分である。そしてこれはエホバの証人を作ったチャールズ・ラッセルと深く結びついている。それはエノク書という旧約聖書の偽典と呼ばれる書物が元になっている(プロテスタントはこれらの外典とか偽典を聖書とは認めていないが、カトリック教会は認めている)。エノクとはアダムから七代目の人類の祖先で、非常にミステリアスな人物である。彼は人類で最初
に死なないで天に行った人として知られている。創世記5:21〜24に、「エノクは六五歳になっ
て、メトセラを生んだ。エノクはメトセラを生んだ後三○○年、神とともに歩み、男子と女子を生ん
だ。エノクの年は合わせて三六五歳であった。エノクは神とともに歩み、神が彼を取られたので、いなくなった」と書かれている。この他に新約聖書へブル書
11:5に「信仰によって、エノクは死を見ないように天に移された。神がお移
しになったので、彼は見えなくなった。

彼が移される前に、神に喜ばれた者と、あかしされていたから
である」また同じくユダ書14に「アダムから七代目にあたるエノクも彼等について予言して言った、
『見よ、主は無数の聖徒たちを率いてこられた。それはすべての者にさばきを行うためであり、また、不信心な者が、信仰を無視して犯したすべての不信心なしわざとさらに不信仰な罪人が主にそむいて語ったすべての暴言とを責めるためである』」とある。エノク書はおそらくこのエノクのミステリアスな生涯に魅せられた人々が勝手に想像して書いたものだろうが、神に逆らい堕落した天使たちについて非常に多くの関心を寄せているのがおもしろい。この中で天使の事を「寝ずの番をするもの』とか、『見張り』とか呼んでいる。英語でいうならwatchであろうか。この堕落天使の長がルシファー・サタンであるのだが妙な事にエノク書には出てこない。そしてこの堕落天使たちが人間の女の美しいのを見て妻にし、それから巨人が生まれ、その身の丈は三○○○キュピト、一五○○メートルもあったというベラポ
ウな話が書いてある。一キュビトとは約四五センチである。もっとも、エノク書にはこの巨人を「悪霊と呼ぶ」とあるから本当の肉体を持っていたのかどうかは判らない。一五○○メートルもの高さの巨人はまさにwatch towerと言うにふさわしいだろう。

そうするとWatchtowerは悪霊の事なのだろうか。この話に似た話も聖書に出て
いる。創世記6:1−4にあってなぜか「神の子たちが人の娘の美しいのを見て妻にめとった」結果、巨人
ネビリムが生まれたとあるのだが、その身の丈が一五○○メートルなどとは書かれていない。この巨人の残存子孫は時々聖書の中に現れる。申命記3:11には「パシャンの王オグはレバイムのただひとりの生存者であった。彼の寝台は鉄の寝台であった。これは普通のキュピト尺で、長さ九キュビト、幅四キュピトである」とある(レバイムとはネビリムの事と思われる)。九キュビトは約四メートル、四キュビトは約一・八メートルであるから彼は三メートルを越える背丈だったのだろう。またダビデが倒したゴリアテもその子孫と考えられ(隔世遣伝?)身の丈六キュビト半、約三メートル、指はそれぞれ六本づつあったとあるので今日の人間とはかなり違っていたと考えられる。ここに言う神の子というのは天使の事であるが、イエス・キリストは天使は結婚しないと言っている。天使には性別がないと言う意味に受け取られているので、この旧約聖書の箇所は謎の中の謎としてキリスト教会一般には理解不能の箇所とされている。〃健全な〃クリスチャンや解説者はこの「神の子」と言うのがセツの子孫で、女と言うのがカインの子孫だと言うがこれはまったく話にならない。

ではなぜ巨人ネビリム
が生まれて来たのか説明できない。この箇所は妙にギリシャ神話と似た所である。その他、エノク書は天地の果てだの、数多くの天使の名前だの、堕落した天使が人間に教えた知恵だのと人間の好奇心をそそる話題が書かれているのだが、支離減裂でその上極めて不健全な霊感を感じさせる書物である。だから聖書を決定した人々が早くからこの書を外していたのは当然である。確かにエノク書はその後のオカルト本の先駆だったといえよう。このような霊感の内容を重んじるエノキアンマジックを後生大事にするフリーメーンンとエホバの証人のラッセルがどういう霊に導かれていたのか自ずと知れてこよう。フリーメーソンのロッジには普通所在地の後ろに数をつけた名前がある。サンフランシスコ七ロッジとかニューョーク三九六ロッジとかである。しかし、時には有名なメーソンの名前をつける場合がある。フ
ランクリン・ロッジとかラファイェット・ロッジなどである。さらにメーソンの好きなテーマ、ミスチック・サークル・ロッジとかライジング・サン・ロッジとかニュー・エルサレム・ロッジなどのこともある。その中にミツバ・ロッジと言うのがある。ミツバとはなんだろうか。ミツバと言うのは旧約聖書に出てくる町の名でヘブル語で「監視塔」を意味する。

フリーメーソンの中でもエノキアンマジックを
学んだ最高位のメーソンは「マジカル watchtowers」
  と言うキーワードを用いる。それは神秘を知っているということのしるしである。watachtowerヽ監視
塔、物見櫓、ものみの塔。昔の町は城壁に囲まれていて、その城壁の角々に1段高い監視のための塔が
あった。これは航空機やレーダーの無い時代では遠距雛を見通す戦略上重要なものであった。ところでエノキアン・マジックではこの言葉に特別の意味を与えている。オカルチスト全般に人は皆それぞれの内に神的きらめき、内なる神、天使とか守護天使を持っているという。この内なるパワーとのコンタクトによって誰でも隠された法、知識を得る事が出来る。そのためにはこのwatchtowerの知識が助けになるというのだ。このwatchtowerは四つの領域を持ち、それぞれにオカルトの分野に対応している。

肉体を除く全ての分野は正しく構成される事によって、彼等の言う「光の体」となり、ニューエイジ、メーンン、薔薇十字団などの魔術節たちはその肉体を離れwatchtowerに入る事ができ、そこに入った者は解脱者、進化した魔術師となる事が出来ると言う訳である。私にはこんなオカルト的な知識を書かねばならないのは大変に苦痛なのだが、これがフリーメーンンの最高階級の必修課目であり、さらに、「エホバの証人」のラッセルが彼の思想とそれを宣伝する組織をwatchtowerと呼んだ理由だから書かないわけにはいかなかった。またここまでわざわざものみの塔と書かないで、watchtowerと書いたのは、いわゆる、「ものみの塔」という屈体と混同しないためである。ラッセルがなぜ彼の思想の最重要な表現手段を「ものみの塔」と呼んだのか分かって頂けただろうか。彼はエンキアンマジクのエキスバート
であり、単に高位のフリーメーソンだっただけではなく彼等の計画の突出した人物、別の言葉で言えばキーバーソンだったのである。watchtowerは最高位のフリーメーソン、特にスコッティシュ・ライト、イト・オブ・
メンフィス、ライト・オブ・ミツライムなどイルミナティの最高レベルの結社の非常に重要な知識であった。この知識を持たず、さらに四つのwatchtowerに入る(イニシェートする)事を求めないイルミナティ・メンバーはほとんど無価値とされた。

ラッセルはその意味で非常に特別な地位にあったはずであ
る。ところがラッセルはジョセフ・スミスと違って、決してこの事を明らかにはしなかった。ただ、ものみの塔と言う名称を使っただけである。それはなぜだろうか。秘密は高ければ高いほど、違反に対する罰則も厳しくなる。もし、違反すれば死を持って報われる。ベンジャミン・フランクリンという人物
を知っておられるだろう。しかし、彼の多くの良い逸話に対して、彼がフランスのオカルト的なグラン
ド・オリエント・メーソンのグランドマスターであり、多くの反クリスチャン的な活動をしていた事実はまったく知られていない。ラッセルにせよ、その後の指導者にせよ、メーソンとの関係やこれらのオカルト的な知識に関してはむしろ否定的にすら書いている。しかし、泥棒が自分を泥棒だと宣伝して歩
かないのと同じでこれは彼等のカモフラージュに過ぎない。証拠は歴然としてある。ラッセルが一時期セブンスデー・アドベンチストという団体と交流を持ち、あたかもそこから彼の宗教のヒントを得たかのように装っているのは、彼のフリーメーソンの背景を消すた
めのカモフラージュでは無かったかと私は思っている。その点、ラッセルはジョセフ・スミスより慎重かつ賢明だった。C.T.ラッセルのフリーメーンン・ナイトテンプラーの会員の記録がアイルランドにある。一九三三年にレディー・クイーンボローが出版した『オカルト神政』という本の七三七ぺージにラッセルのフリーメーソン・メンパーシッブの記録が書かれている。隠してもどこかでボロは出るもの
だ。