NO. 657 キリストの羊を飼う


”テキスト:ヨハネ21:
15 彼らが食事を済ませたとき、イエスはシモン・ペテロに言われた。「ヨハネの子シモン。あなたは、この人たち以上に、わたしを愛しますか。」ペテロはイエスに言った。「はい。主よ。私があなたを愛することは、あなたがご存じです。」イエスは彼に言われた。「わたしの小羊を飼いなさい。」
16 イエスは再び彼に言われた。「ヨハネの子シモン。あなたはわたしを愛しますか。」ペテロはイエスに言った。「はい。主よ。私があなたを愛することは、あなたがご存じです。」イエスは彼に言われた。「わたしの羊を牧しなさい。」
17 イエスは三度ペテロに言われた。「ヨハネの子シモン。あなたはわたしを愛しますか。」ペテロは、イエスが三度「あなたはわたしを愛しますか。」と言われたので、心を痛めてイエスに言った。「主よ。あなたはいっさいのことをご存じです。あなたは、私があなたを愛することを知っておいでになります。」イエスは彼に言われた。「わたしの羊を飼いなさい”
 

本日は、「キリストの羊を飼う
」という題でメッセージをしたいと思います。

テキストに沿ってみていきたいと思います。
 

”15 彼らが食事を済ませたとき、イエスはシモン・ペテロに言われた。「ヨハネの子シモン。あなたは、この人たち以上に、わたしを愛しますか。」ペテロはイエスに言った。「はい。主よ。私があなたを愛することは、あなたがご存じです。」イエスは彼に言われた。「わたしの小羊を飼いなさい。」”

ここで主は小羊を飼うことを語っています。
小羊ということばは、実は黙示録の中に何度も出てくる言葉です。
下記の様に。

”ヨハネの黙示録 5:6 さらに私は、御座「「そこには、四つの生き物がいる。「「と、長老たちとの間に、ほふられたと見える小羊が立っているのを見た。これに七つの角と七つの目があった。その目は、全世界に遣わされた神の七つの御霊である。”
 

この小羊は、具体的にはイエスキリストですが、ほふられた小羊ということばにより、
自分の命を失う、殉教者としてのイエスを語っているともいえます。

ですから、上記ヨハネ伝のテキストで、小羊を飼えと主が命じるとき、
それは、殉教者を養え、牧会しろといっているともいえます。
 

ここで主は、イエスを愛することをペテロに聞いています。3度主を愛することを問い、
3度主の羊を飼うことが述べられています。
ですから、主を愛するものは、誰でも牧会に目をとめなければならないことがわかります。


”16 イエスは再び彼に言われた。「ヨハネの子シモン。あなたはわたしを愛しますか。」ペテロはイエスに言った。「はい。主よ。私があなたを愛することは、あなたがご存じです。」イエスは彼に言われた。「わたしの羊を牧しなさい。」”
 

ここでの羊は普通の羊のようです。ですから殉教者のみならず、普通の信者をも牧会が
求められているのです。
 


17 イエスは三度ペテロに言われた。「ヨハネの子シモン。あなたはわたしを愛しますか。」ペテロは、イエスが三度「あなたはわたしを愛しますか。」と言われたので、心を痛めてイエスに言った。「主よ。あなたはいっさいのことをご存じです。あなたは、私があなたを愛することを知っておいでになります。」イエスは彼に言われた。「わたしの羊を飼いなさい”

さて、このように3度、主はペテロに羊を飼うことを語られたので、
主を愛するものは誰でもこのこと、主の羊を牧することを考慮すべきことがわかります。
 

さらにここで、牧会について考えるべきことは、主は羊に関して「私の」羊を飼いなさいと
いわれたことです。

3度ともそういわれています。
ですから、全て牧会に携わる人は誰でもその信者は、みな、「主の」羊であること、
所有権は主御自身であることを知るべきであることがわかります。

羊、すなわち、信者であるクリスチャンが、「主の」羊であるとはどういうことでしょう?

それは、たとえ私達の個々の教会にその人が属そうと属すまいと、
主御自身がその羊の所有者であり、主御自身が牧会していることを語る、そう私には思えます。

その羊、クリスチャンがたとえ、私達の個々の教会に一日しかいまいと、一ヶ月であろうと、
一年であろうと、主がその人に対して行っている牧会を尊重して扱う、そのことでしょうか。

それから、もう一つのことは、たとえ、教会に羊、クリスチャンが育つとしても、
その所有権はあくまで、主御自身なので、牧師はいわば、借り物の羊を預かっているに過ぎない、
そんなことも思わされます。ゆめゆめ、自分の持ち物のように、扱かってはいけない、ということなのかもしれません。
 

主にまかされた牧者が知るべきことは何でしょう。
羊は主のものです。主のその羊に対する牧会やら、扱いの方法があります。
それを尊重して主のいわれたとおりのおこない、「キリストの羊を飼う」ことを
行っていきたいと思います。
 

終末における主のみこころを行いましょう。

ー以上ー
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