NO.565 金の像を拝む


”テキスト:ダニエル3:1 ネブカデネザル王は金の像を造った。その高さは六十キュビト、その幅は六キュビトであった。彼はこれをバビロン州のドラの平野に立てた。
2 そして、ネブカデネザル王は人を遣わして、太守、長官、総督、参議官、財務官、司法官、保安官、および諸州のすべての高官を召集し、ネブカデネザル王が立てた像の奉献式に出席させることにした。
3 そこで太守、長官、総督、参議官、財務官、司法官、保安官、および諸州のすべての高官は、ネブカデネザル王が立てた像の奉献式に集まり、ネブカデネザルが立てた像の前に立った。
4 伝令官は大声で叫んだ。「諸民、諸国、諸国語の者たちよ。あなたがたにこう命じられている。
5 あなたがたが角笛、二管の笛、立琴、三角琴、ハープ、風笛、および、もろもろの楽器の音を聞くときは、ひれ伏して、ネブカデネザル王が立てた金の像を拝め。
6 ひれ伏して拝まない者はだれでも、ただちに火の燃える炉の中に投げ込まれる。」
7 それで、民がみな、角笛、二管の笛、立琴、三角琴、ハープ、および、もろもろの楽器の音を聞いたとき、諸民、諸国、諸国語の者たちは、ひれ伏して、ネブカデネザル王が立てた金の像を拝んだ。

本日は金の像を拝むという題でメッセージしたいと思います。
終末の日の反キリスト礼拝に関して、ダニエル書から学んでいきたいと願っているのです。
テキストに沿って見ていきます。

"
1 ネブカデネザル王は金の像を造った。その高さは六十キュビト、その幅は六キュビトであった。彼はこれをバビロン州のドラの平野に立てた。"

ダニエルの日、バビロン王ネブカデネザルはバビロン州に金の像を造りました。
このことは、かつて現実に歴史上にあったことですが、それとともに、未来への預言でもあります。
終末の日を預言した黙示録には、バビロンが再度登場します。

ですから、かつての日、バビロンにおいて、正しい神に仕え、偶像崇拝を拒否したために、
迫害を受けたダニエルの友のことは、未来への予表なのです。

すなわち、未来の日、このことは再現すると思われるのです。
この金の像は、「その高さは六十キュビト、その幅は六キュビトであった」と書かれています。
すなわち、像と6の数字とは関係があるのです。そして、
このことは、明らかに黙示録の以下の記述と関係があります。
 
 

”黙示録13:14 また、あの獣の前で行なうことを許されたしるしをもって地上に住む人々を惑わし、剣の傷を受けながらもなお生き返ったあの獣の像を造るように、地上に住む人々に命じた。
18 ここに知恵がある。思慮ある者はその獣の数字を数えなさい。その数字は人間をさしているからである。その数字は六百六十六である。”

この黙示録の記述でも、獣の像と666の数とが関係あることが書かれているのです。

ですから、この様に考えられます。
ダニエル書の像の記述はそれは、黙示録に書かれた666の数字と関係する獣の像礼拝の
説明である、そう理解できるのです。
遠い昔のダニエル書の記述は実は、これから起きる終末の日の像礼拝、すなわち、
反キリスト礼拝を理解するもととなる、そう理解できるのです。

「これをバビロン州のドラの平野に立てた」

さて、くだんの獣の像は、バビロン州そして、ドラの平野に建てられました。このことに、
何か意味合いがあるのでしょうか?

一つはバビロンです。この像、黙示録の時代の獣の像、反キリストが建つところもすなわち、
バビロンであると予想できます。
バビロンの意味合いの一つは、終末のバビロン、すなわち、アメリカと関係があります。
アメリカ主導のキリスト教ムーブメントの先にこの反キリスト礼拝があることが予想されます。
アメリカ発の第三の波運動の行き着く先、すなわち、異常に使徒や、預言者の権威を
持ち上げるムーブメントの後に、反キリストの登場があるでしょう。

また、ドラということばも暗示的です。ドラの意味合いは、住み着く(dwelling)であり、
黙示録に記された「地に住む者達」とのことばを思い起こさせます。

いわんとしていることは、終末の日、バビロン化したクリスチャン、また世についたクリスチャンは、
こぞって、像の崇拝、すなわち、反キリストという個人を拝むようになる、そのことを語っていると思われます。
 


2 そして、ネブカデネザル王は人を遣わして、太守、長官、総督、参議官、財務官、司法官、保安官、および諸州のすべての高官を召集し、ネブカデネザル王が立てた像の奉献式に出席させることにした。”
 

この像が完成した後、バビロン王ネブカデネザルは像をひっそりと隠しておいたりしませんでした。
逆にバビロン全土におふれを出し、そして、あらゆる高官を像を拝むため、呼び寄せました。
このことは、終末の日に再現するでしょう。その日、現代のバビロン、アメリカ強権の下で、
像のおひろめ、すなわち、反キリスト擁立の日が来るでしょう。

この日、バビロンの全ての高官がバビロン王のもとにあつまらざるを得なかったように、
その日、みごとに変質したキリスト教会、教団は、その代表者、監督、教団理事長など、高い位の
人々が、アメリカにより擁立された反キリストという個人を拝む式典に参加するようになるでしょう。

ですから、我々は知るべきです。これからのトレンド、方向は、アメリカが世界のキリスト教
会の指揮権を取るようになるであろうことを。

アメリカは世界の貿易、政治、軍事などあらゆる領域でその強権を発揮していますが、
その日必ず、宗教の領域に干渉し、介入しだします。そして、もっともらしい、
言い方で反キリストをみとめさせるべく工作するのです。

今すでにアメリカが世界のキリスト教会の神学、ムーブメントのリーダーですが、この傾向がもっと
極端なものになり、さらに宗教の統制を強権をもって強めるようになるのです。

”3 そこで太守、長官、総督、参議官、財務官、司法官、保安官、および諸州のすべての高官は、ネブカデネザル王が立てた像の奉献式に集まり、ネブカデネザルが立てた像の前に立った。”

その日、「太守、長官、総督、参議官、財務官、司法官、保安官、および諸州のすべての高官」が
バビロン王のもとに集まり、像を拝むべく召集されました。

このことは、必ず、背教のキリスト教会に起き、全世界のキリスト教会の代表、教団理事などは、
皆、アメリカに呼び寄せられ、アメリカが建てたキリスト教会のトップを拝するようになるでしょう。

今、キリスト教会の全てのトレンドはその日のための備えとなっており、全てのクリスチャンは、
その日、違和感なく、反キリストという個人を拝む日のためにマインドコントロールされています。

その日のための備えとは?
たとえば、一致の名のもとにあらゆる教団、教派はまとめられ、大同団結するようになっています。
その理由は統一して、治めやすくするためなのです。全世界の教会の一致は、みことばにもとづいたものでも、平和をめざしたものでもなく、ただ、その日、反キリストがめでたく、全世界の教会に号令をかけることができることをめざして、一つにさせられているのです。

また、エキュメニカル運動とはその日、反キリストがめでたく、カソリック、プロテスタント
双方のリーダーとなるべく、進められているのです。

さらにしるしと不思議が極端に強調されていることも反キリストの登場と関係します。
ある一人の人が確かにキリストの再来だと皆が信じるために、しるしと不思議が強調されるのです。
反キリストをキリストだと人が信じてしまうその理由、人々が惑わされるその理由は彼がしるしと不思議を行うからなのです。
そして、今はその日のために全世界のクリスチャンを徐々にしるしと不思議に慣れさせるべく、
多くのしるしと不思議の器が強調されているのです。
これらのことがらの延長線上に反キリスト登場の日があるのです。

”4 伝令官は大声で叫んだ。「諸民、諸国、諸国語の者たちよ。あなたがたにこう命じられている。
5 あなたがたが角笛、二管の笛、立琴、三角琴、ハープ、風笛、および、もろもろの楽器の音を聞くときは、ひれ伏して、ネブカデネザル王が立てた金の像を拝め。”
 

その日、「角笛、二管の笛、立琴、三角琴、ハープ、風笛、および、もろもろの楽器の音を聞くとき」
像を拝むことが伝えられました。
何故楽器なのか?楽器を通して何か語られていることがあると思います。
楽器は礼拝で用いられる楽器に通じ、要するに終わりの日、クリスチャンがその礼拝の中で、
反キリストを拝むように強制させられると言うことを語っていると理解できます。

ですから、我々は今の日から心の準備をするべきと思われます。
その日、自分はどうするのか、それを心しておくべきと思われるのです。
自分の属する教団の偉い人もはたまた、牧師さえこの人物を拝むようになった、自分はどうするべきなのかということを考えておくべきなのです。

何故なら、このことは、我々の永遠の命と直結するからです。

反キリストを拝みすさまじい神の怒りを受けるべきなのかどうかをよくよく考える必要があるのです。

そんな日が来るとは思えませんか?すでにダニエル書で預言されている終末の日の獣国家、
圧倒的な武力を持つ国家、アメリカは登場しています。また、この国主導の世界のキリスト教会変質の試みは着々と成功しつつあります。これらの延長線上に明らかに反キリスト登場の
日が予定されています。
愚かにならず今の時を知るべきです。


6 ひれ伏して拝まない者はだれでも、ただちに火の燃える炉の中に投げ込まれる。」”

この像すなわち、反キリストを拝まない者は、火の燃える炉に投げ込まれる、すなわち、
命を奪われることが書かれています。
ですから、終末の日、反キリストを礼拝しない者は殺されるのです。結果として、
全ての人が殺されるかどうかわかりませんが、その様な命令、「反キリストを拝さないものは、殺される」との
法律が施行されることは間違いないと思われます。

このことをも我々は覚えておきましょう。
 

”7 それで、民がみな、角笛、二管の笛、立琴、三角琴、ハープ、および、もろもろの楽器の音を聞いたとき、諸民、諸国、諸国語の者たちは、ひれ伏して、ネブカデネザル王が立てた金の像を拝んだ。

この日、バビロンの全ての住民は圧倒的なバビロン王の権勢の下で、誰も彼も像を拝まざるをえず、
皆拝むようになりました。
このバビロンは、終末の日のたとえであり、終末の日、バビロン化した全てのクリスチャンは、
この像、反キリストを礼拝するようになります。
そんな日が来ることは全く望ましくありませんが、その様に書かれているなら、
やはり実現するのです。

以下のことばは、その日の描写です。

”黙示録13:12 この獣は、最初の獣が持っているすべての権威をその獣の前で働かせた。また、地と地に住む人々に、致命的な傷の直った最初の獣を拝ませた。
13 また、人々の前で、火を天から地に降らせるような大きなしるしを行なった。
14 また、あの獣の前で行なうことを許されたしるしをもって地上に住む人々を惑わし、剣の傷を受けながらもなお生き返ったあの獣の像を造るように、地上に住む人々に命じた。
15 それから、その獣の像に息を吹き込んで、獣の像がもの言うことさえもできるようにし、また、その獣の像を拝まない者をみな殺させた。”

ここに書かれた最初の獣とは、終末のバビロン、アメリカのことであり、アメリカの強権の下で、
像礼拝、反キリスト礼拝は強制されるのです。

そして、その日は以下の様に預言されている背教の日のことです。

”2テサロニケ2:3 だれにも、どのようにも、だまされないようにしなさい。なぜなら、まず背教が起こり、不法の人、すなわち滅びの子が現われなければ、主の日は来ないからです。
4 彼は、すべて神と呼ばれるもの、また礼拝されるものに反抗し、その上に自分を高く上げ、神の宮の中に座を設け、自分こそ神であると宣言します。”

クリスチャンがキリストを裏切り、不法の人、滅びの子、すなわち、反キリストを拝むことを背教というのです。背教とは読んで字のごとし、キリストの教えに背き、キリストを裏切り、
キリスト以外の者を多くのクリスチャンが拝するようになることです。

今はまだ背教は実現していません。しかし、その日、なだれをうったように、全世界のクリスチャンがキリストを裏切るようになるでしょう。

このことは預言されており、実現するでしょう。

しかし、かつてのバビロンにおいてもダニエルの友人達の様に、最後迄、堅く主のことばに
つく人々もいました。同じ様に忠実な人が終末に現れるでしょう。彼らにポイントがあります。

終末における主のみこころを行いましょう。

−以上ー
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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