ジョン・スタインベック
Centre for Research on Globalization
(CRG)
2002年3月3日
「中東で再び戦争が起こり・・・あるいはイラクがそうしたように、アラブの国がイスラエルに対してミサイルを発射したなら、かつてなら最後の手段としてしか考えられなかった核のエスカレーションの起こる可能性が、今やきわめて高くなっている。」 シーモア・ハーシュ(1)
「アラブ人は石油を持つかもしれない。しかし我々はマッチを持つ。」 アリエル・シャロン(2)
イスラエルは200〜500発の熱核兵器と精密な発射システムを有し、いつのまにか核武装第5位の座を英国に代わって占めるに至った。現在では核兵器の量と精密さにおいて、フランスと中国に匹敵するかもしれない。それぞれ1万発以上の核兵器を有している米国やロシアの核兵器量に比べれば小さく見えるが、それにもかかわらずイスラエルは核大国であり、そして公的にもそのような国として認知されるべきである。
1991年の湾岸戦争以来、イラクの大量破壊兵器による脅威に対しては惜しみなく注意が注がれたのに、この地域の主要な「犯罪人」であるイスラエルはほとんど無視されてきた。
極めて高度化された核兵器と生物・化学兵器、それらを実際に使用するための攻撃的な戦略を有するイスラエルは、中東における大量破壊兵器の開発を刺激する大きな要因であり、この地域の平和と安定に対する深刻な脅威となっている。
イスラエルの核開発計画は核軍縮と拡散防止に対する重大な障害であり、インド、パキスタンとならぶ核の潜在的発火点である。(拡散防止が意味を持つという見方は、核兵器保有国が自国の兵器を維持することに固執する限り、妄想に過ぎない)
イラクに対する制裁、中東における正義を伴う平和、および核軍縮に関心を持つ市民は、イスラエルの核開発計画に対し強力に反対を唱える義務を持っている。
イスラエル核爆弾の出生
イスラエルの核開発計画は1940年代後期、「イスラエル核爆弾の父」と呼ばれたエルンスト・デビッド・ベルクマンの指導の下に始まった。彼は1952年にイスラエル原子力委員会を設立する。
しかしながら、イスラエルの核開発の初期に援助を行ったのはフランスであり、それはディモナの重水減速炉、天然ウラン原子炉と、ネゲブ砂漠ベエルシェバ近郊にあるプルトニウム再処理工場の建設によって頂点に達した。イスラエルは、フランス核兵器開発計画に最初から積極的に参加し、決定的に重要な専門技術を提供していたのであり、イスラエルの核開発計画も、それまでの協力の延長線上にあるものと見てよい。
ディモナは1964年に稼動し、その後まもなくプルトニウム再処理が始められた。イスラエルはディモナを「マンガン工場、あるいは織物工場」など、いろんなふうに言っていたが、そこでは極度に厳格な警備態勢が敷かれており、実体はおよそそれどころでないことを示している。
1967年にイスラエルはディモナにあまりにも近くまで接近した自国のミラージュ戦闘機1機を撃墜した。1973年には、コースを逸脱して飛行していたリビアの民間定期旅客機を撃墜して乗客乗員104名を殺した。(3)
イスラエルは、イスラエル・エジプト国境近くのネゲブ砂漠で1960年代中ごろに少なくとも1個おそらくは複数の核爆発装置を爆発させたことがあり、またアルジェリアでフランスが行っていた核実験に活発に参加していたという、相当に信頼できる推定がある。(4)
1973年の「ヨム・キプール戦争[訳注:第四次中東戦争のイスラエル側呼称]」までにイスラエルの保有する運搬可能な原子爆弾の数はおそらく数十発に達し、最大限の核警戒体勢に入っていた。(5)
先進的な核科学技術と「世界一流の」核科学者を有していたイスラエルは、どうやって必要なウランを得るか、という大きな問題に直面していた。自身のウラン資源はネゲブ砂漠のリン酸塩鉱床で、急速に拡大する計画が必要とする量をまかなうにはまったく不十分だった。短期的な解決策は、フランスと英国で奇襲部隊により首尾よく輸送中のウランを乗っ取ることであり、1968年には、西ドイツと共謀して輸送中のイエローケーキ(酸化ウラン粉末)200トンを奪った。(6)
こうしてディモナ原子炉用のウランが秘密裡に取得されたことを、その後関係諸国は隠し続けてきた。同様に、50年代半ばから60年代半ばにかけ、「核物質と付属設備株式会社(NUMEC)」と呼ばれる米国企業がイスラエルに何百ポンド(100ポンドは約45キログラム)もの濃縮ウランを移転したという告発があった。
FBIとCIAの調査や議会聴聞会でも、今までに誰も訴追もされていない。多くの捜査員は横流しはすでに起こっていたと信じていたのだが。(7)(8)
1960年代後期にイスラエルは、南アフリカの「アパルトヘイト爆弾」のために技術と専門知識を供給する見返りとして、南アフリカがイスラエルにウランを供給するという相互協定を結び、イスラエルはウラン問題を南アフリカとの間で親密な絆を育成することで解決した。
南アフリカと米国
1977年にソ連は、衛星写真をもとにして南アフリカがカラハリ砂漠で核実験を計画していると米国に警告し、アパルトヘイト政権は圧力を加えられ実験を見合わせた。
1979年9月22日に米国の人工衛星が南アフリカ沖のインド洋で小規模熱核爆弾の大気圏核実験を検出したが、状況証拠からみてイスラエルの明白な関わり合いがあったため、慎重に選定された科学委員会による報告は素早く「ごまかされ」重要な詳細についての秘密は守られた。
後にイスラエルの情報源を通して得られた情報では、イスラエルが実際に小型化された3発の核砲弾を使った、厳重に警戒された核実験を行ったことがわかっている。
イスラエルと南アフリカの協力関係は核実験だけでは終わらず、特に中距離ミサイルと改良型火砲の開発と試験についてはアパルトヘイト政権が倒れるまで継続された。南アフリカはウランと核実験施設提供の他にもイスラエルに巨額の資本投資を行い、その見返りにイスラエルが南アフリカ製品を大量に輸入することで、アパルトヘイト国家が国際的な経済制裁を回避するのを助けた。(9)
主にイスラエルの核開発計画に関して責任があったのはフランスと南アフリカだが、米国も同じ責任の大半を共有しており、十分非難に値する。
マーク・ガフニーは「(イスラエルの核開発計画が)可能であったのはなぜか(引用原文では文字を強調)それは、イスラエルの側に立てば計画的な詐欺であり米国の側に立てば自発的共謀だ」と書いた。(10)
米国はイスラエルの核開発計画のまさに最初の段階から、1955年の「平和のための原子力計画」[訳注:1953年12月の米大統領アイゼンハワーが国連総会で行った「アトムズ・フォー・ピース」演説以後の政策]の名のもとで小型研究用原子炉のような核関連技術を提供したりと、大きく関係していた。イスラエルの科学者が広く米国の大学で養成され、核兵器研究室でもおおいに歓迎された。
1960年代初期にディモナ原子炉の制御装置は、明らかに国家安全保障局(NSA)とCIAが黙認するなか「トレーサー研究室」と呼ばれる米国軍用原子炉のコントロールパネルを製造している会社から、ベルギーの子会社を通して購入され、秘密裏にイスラエル国内に運び込まれた。(11)
1971年にニクソン政権は、イスラエルに何百個ものクライトロン(高性能核兵器の開発に必要な、ある種の高速スイッチ)の売却を認可した。(12)
そして1979年にカーター政権は、KH−11スパイ衛星が撮影した高解像度の衛星写真を提供し、イスラエルはそれを2年後にイラクのオシラク原子炉爆撃の際に使用した。(13)
米国からイスラエルへの先端技術移転は、ニクソン政権とカーター政権とを通じて行われ、さらにレーガンの下で加速的かつ劇的に、現在まで減退することなく継続している。
バヌヌの暴露
1973年の戦争後もイスラエルは意図的な「核の不透明」政策を続けるとともに、その核開発計画を強化した。
80年代半ばまではイスラエルの核兵器の数について、多くの諜報機関は2ダース程度だろうと推定していたが、ディモナのプルトニウム再処理工場で働いていた核技術者モルデハイ・バヌヌの爆発的な暴露は一夜にしてすべてを変えた。
パレスチナの支援者で左翼支持のバヌヌは、世界にイスラエルの核開発計画を暴露することが人類に対する彼の義務であると信じていた。彼は多数の写真と貴重な科学資料をイスラエルから密かに持ち出し、1986年に彼の話はロンドンの「サンデー・タイムズ」紙に掲載された。
バヌヌの暴露は厳密な科学的調査により、イスラエルが約200発の極めて精巧で小型化された熱核兵器を所有しているという発表につながった。彼の情報では、ディモナ原子炉の容積が何倍かに拡張されており、イスラエルが1年に10から12発の爆弾を作るのに十分なプルトニウムを生産していることを示していた。上級のアメリカ情報分析官はバヌヌの資料について「これは我々が想像していたよりずっと大規模で、とてつもない作戦だ」と語った。(14)
バヌヌの情報が出版される直前に、彼はイスラエル秘密諜報機関モサドの「マタ・ハリ」に誘惑されてローマに誘い出され、殴打されて薬物投与されたうえ、イスラエルへ拉致された。イスラエルの報道機関は情報操作と中傷キャンペーンを行ない、非公開の機密法廷が「反逆罪」で有罪を宜告し、18年の禁固刑に処せられた。彼は6×9フィート[訳注:約1.8×2.7メートル]の小部屋の独房に11年以上監禁された。バヌヌはその後一般受刑者の中に1年の「解放」(彼はアラブ人との接触を許可されなかった)の後に、最近また独房に戻されて3年以上ものあいだ強化された投獄に耐えねばならなかった。
予想された通りバヌヌの暴露は、主要な世界の報道機関、特に米国に無視され、イスラエルは核武装国の地位から得られる利益を比較的労せずして享受し続けている。(15)
イスラエルの大量破壊兵器
今日ではイスラエルの核兵器数の推定は、最小200発から最大約500発に及ぶ。数がいくつであるとしても、イスラエルの核兵器は中東で「戦争を戦いぬく」のために設計されており、世界でも最も洗練されたものであることに、ほとんど疑いの余地がない。
イスラエルの核兵器の主要なものは「中性子爆弾」である。この小型化された熱核爆弾は、核兵器の性質である爆風効果と残留放射能による被曝を最小限にとどめ、建物などを大規模に破壊しないかわりに人間を殺戮するためにγ(ガンマ)線が最大になるよう設計されている。[訳注:原文はγ線としているが実際には中性子線を最大にするよう設計されているのが中性子砲(爆)弾である](16)
核兵器にはモスクワまで到達可能な弾道ミサイルと爆撃機、巡航ミサイル、地雷(1980年代にイスラエルはゴラン高原に沿って核地雷を仕掛けた(17))と核砲弾を撃てる45マイル[訳注:約72キロメートル]の射程を持つ火砲が含まれる。(18)
2000年6月、イスラエルの潜水艦が巡航ミサイルを発射し、950マイル[訳注:約1500キロメートル]離れた標的に命中させた。これは米国とロシアに続いて世界で3番目に獲得した能力である。イスラエルは将来、それぞれ4基の巡航ミサイルを搭載可能な、事実上難攻不落の潜水艦3隻を実戦配備するであろう。(19)
核兵器の威力は、広島原爆より大きい「都市破壊兵器」(戦略核)から戦術的なミニ核兵器(戦術核)にまで及ぶ。明らかにイスラエルの大量破壊兵器は、他の全中東諸国が実際保有しているか、あるいは保有する可能性がある兵器を合計したものさえ矮小化し、想定しうるいかなる形の「抑止」の必要量よりもはるかに過大である。
イスラエルはまた、多種の生物・化学兵器も所有している。
「サンデー・タイムズ」紙は、イスラエルが精密な運搬手段と共に生物・化学兵器の両方を生産したというイスラエルの情報関係幹部の言葉を引用している。
「既に一般的に知られているか、あるいはまだ未知の生物・化学兵器もある・・・ネス・ツィヨナ生物学研究所で生産されないものはない」(20)
同じレポートでは、「生物・化学兵器が搭載できるようF-16戦闘機を特別に設計変更し、整備員は警報が出れば短時間のうちにそれらを実戦投入できるよう訓練されている」と記述している。
「サンデー・タイムズ」紙は1998年に、イスラエルが南アフリカから入手した研究成果を利用して「民族標的爆弾」を開発していたと報告した。「その「民族標的爆弾」を開発するために、イスラエルの科学者は医学の進歩を利用し、一部のアラブ人が持つ遺伝的特長を識別し、そこから遺伝子改変された細菌あるいはウイルスを作ろうとしている。科学者は、その遺伝的特長だけを攻撃する、特有な遺伝子耐性を持つ致死性の微生物を開発しようとしている。」
イスラエル議会(クネセト)の左派メンバーであるデディー・ズッカーは、「道徳的にも、我々の歴史と我々の伝承と我々の経験に基づいても、こんな兵器は怪物であり、否定されるべきだ」と言い、研究を非難した。(21)
イスラエルの核戦略
一般的なイメージだと、イスラエルの爆弾は「最終手段の兵器」として、国家消滅の危機に際してのみ使われると考えられており、善意ではあるけれども公式情報を鵜呑みにした多くのイスラエル支援者たちは、まだそれが本当だと信じている。
この公式化が初期のイスラエルの核戦略家の考えの中でどんな真理を持っていたとしても、今日イスラエルの核兵器戦力は、全般的にイスラエルの軍事および政治戦略とあまりにも不可分に一体化している。
シーモア・ハーシュは彼一流の控えめな言葉で「サムソン・オプションはもはやイスラエルにとって唯一の核の選択肢ではない」と言う。(22)
イスラエルはベールに包まれていたといっても、アラブ諸国とソ連(その延長で冷戦終結後のロシア)に対して無数の核の脅威を与えた。1つのぞっとする例がアリエル・シャロン、現在のイスラエル首相による「アラブ人はオイルを持っているかもしれないが、我々はマッチを持っている」に現れている。(23)
(1983年にシャロンはインドに対し、パキスタンの核施設を攻撃するためにイスラエルと手を結ぶことを提案した。70代後期に彼はイラン皇帝[訳注:パーレビ国王のこと]を支えるためにイスラエルの落下傘部隊員をテヘランに派兵することを提案した。そして1982年に彼はイスラエル防衛の影響力を「モーリタニアからアフガニスタン」まで拡大することを指示した)
イスラエルの核専門家、オデット・ブロシュが1992年に言ったもう1つの例がある。
「・・・我々を攻撃する人たちに対する抑止力として、核オプションが防衛の主要な手段であることを恥ずかしく思う必要はない」(24)
イスラエル・シャハークは言う。
「平和への願望は、常にイスラエルの目的と考えられているようだが、そうではなく、イスラエルの政策の原則はイスラエルによる支配と影響を拡大することであると私は考える」そして「イスラエルは、常に戦争の準備をしている。もしそれが中東諸国の何カ国か、あるいはどこかで起こるなら、その好まざる国内の変化を避けるという利益のため、もし必要なら核をも使用するであろう。イスラエルが全中東への覇権を拡大する準備を整えているのは疑いなく明確だ。その目的のために核を含むすべての手段を使うのをためらわない。」(25)
イスラエルは抑止という文脈以外でも核兵器を使う「し、また直接の戦場でも、あるいはもっと微妙ながら重要な場合にも使う、」と。
例えば、大量破壊兵器の所有は現体制維持にとって強力なテコになり得るし、穏健アラブ国家を内乱から守るとか、アラブ国家同士の戦争に介入するなど、明らかにイスラエルの国益に沿って影響力を行使するためにも役立つだろう。(26)
イスラエルの戦略上の特殊用語でこの概念は「非通常強制力」(nonconventional
compellence)と呼ばれ、シモン・ペレスの次の言葉がその内容を説明してくれる。「優れた兵器システム(核兵器と読む)を獲得すれば、それを使って強制的に我が国の要求を呑ませることができる。この場合の要求には、現状を受け入れさせて、和平条約に署名させることも含まれるだろう。」(27)
少し異なった見地からロバート・タッカーは、イスラエルの核防衛論評を扱った雑誌論文で「イスラエルに・・・現状凍結のため核抑止力を使用するというタカ派的政策の追求を思いとどまらせるには、どうすればいいだろう?」と書いた。(28)
圧倒的な核の優位維持こそ、イスラエルが世界的な反対をものともせず大手を振って行動することを可能にしているのだ。
アリエル・シャロンが指揮し最大で民間人2万人の死をもたらした1982年のレバノン侵略とベイルートの破壊はその好例だろう。
シリア空軍の殲滅は言うにおよばず、隣国レバノンを国ごと潰滅させながら、イスラエルが何ヶ月も戦争を遂行できたのは、少なくとも核の脅威が一役買っていたからだ。
もう1つのイスラエルの爆弾の主要な用途は、それが米国の戦略上の利益に反して動くときでさえ、米国に対しイスラエルに有利な行動をとるよう強制することである。
1956年という早い時期に、フランスの核兵器開発計画の責任者であったフランシス・ペランは「我々はイスラエルの爆弾は米国に向けられたと思っていた。それは米国に向けて発射するためではなく『もし貴国が重大な局面で我々に手を貸そうとしないならば、我々は貴国に手を貸すように要求するであろう。さもなければ我々は自らの核爆弾を使うであろう』と伝えるためである」と書いた。(29)
1973年(の第四次中東戦争中)に、イスラエルは核の恐喝を、大量の軍需品の空輸を強要するためにキッシンジャーとニクソンに対して用いた。
イスラエルの大使シムハ・ディニッツはその時、こう言ったとされる。「もしイスラエルへの大規模な空輸がすぐに始まらないなら、私は米国が約束を破っていると理解する・・・そして我々は非常に重大な結論を出さなければならないであろう。」(30)
この戦略の一例をイツハク・シャミール首相の経済顧問エイモス・ルービンが1987年に説明している。彼はこう言った「イスラエルがもしも孤立するような事態になれば、さらに危険な防御手段に頼ること以外のいかなる選択肢をも有していない。自身も含め世界全体をも危険にさらすかもしれない。イスラエルが核兵器への依存を控えるために、米国からの支援を年に20〜30億ドル要求する。」(31)
その時からイスラエルの核兵器は質・量共に急激に膨張し、他方米国の資金援助の蛇口は広く開きっぱなしとなった。[訳注:これがいかに巨大な額であるかについては、日本が在日米軍駐留経費を負担している額(いわゆる思いやり予算)が年間約50億ドルであることと比較すればよい。]
地域および国際的な関係
世界的にはほとんど知られていないが、中東は2001年2月22日に危うく全面戦争で爆発寸前になった。
イスラエルに本拠を置く「対テロリズム」情報サービスDEBKAfile[訳注:インターネットの中東情報サイト]とサンデー・タイムズによれば、シリア・イラク国境に沿って配備されたイラクの6個機甲師団による地対地ミサイルの発射準備の動きが米国から通知された後に、イスラエルは高度ミサイル防衛体制に入った。DEBKAfileは、イラクのミサイルが米国とイスラエルの反応を試みる目的で、あえて最高度の警戒態勢レベルにおかれたと主張している。米英軍の42機が直ちに攻撃を開始したものの、イラクは見た目には大きな損害をほとんど被らなかった。(32)イスラエルはイラクに対し、ミサイルによる先制攻撃に対して中性子爆弾を使う用意があることを警告した。
イスラエルの核兵器は中東和平にとって、そして、真にこの惑星全体の平和と将来にとって重大な鍵を握っている。
イスラエルが自身の用語により規定される平和以外に関心を持たず、その核開発計画を削減するか、あるいは真剣に核を保有しない中東を論じるために誠意をもって交渉する意図を持っていないことは確実であり、それはイスラエル・シャハークの言葉からも明確である。「独自の判断でイスラエルが核兵器を使用するという主張は、イスラエルの主要な戦略の依って立つ基盤として見ることができる。」(34)
シーモア・ハーシュによれば、「イスラエルの大規模で精密な核兵器戦力は、アリエル・シャロンのような男たちをして、核兵器の無言の脅威を背景とする中東地図の書き換えを夢見させるまでになった。」(35)
前イスラエル参謀総長アムノン・シャハーク・リプケン大将は言う。「それでは決してイラクと話をすることはできない。それでは決してイランと話をすることはできない。間違いなく、核の保有についてシリアと本当の話をすることができない。」(36)
イスラエルの軍事専門家ゼエブ・シフがイスラエルの「ハーレツ紙」に「誰が信じるだろうか、イスラエルがいつか核拡散防止条約に署名するなどということを・・・まさしく白日夢だ」と書き、イスラエル兵器開発研究所のムンヤ・マードック所長は1994年に「核兵器の道徳的な、そして政治的な意味は、それらの使用を放棄する国家は大国の属国となることを甘んじて認めているということである。孤立しても通常兵器を所有することで満足しているように感じられるすべての国家は属国になることが運命づけられている。」と書いている。(38)
イスラエル社会がよりいっそう偏向していくと、急進的な右翼の影響はさらに強くなる。
シャハークによれば、「ガッシュ・エミュニム[訳注:ユダヤ原理主義組織]、またはいくつかの非宗教的右翼イスラエル熱狂者、または血気に逸ったイスラエル陸軍大将のだれかが、イスラエルの核兵器の制御を奪うという見通しを・・・排除することができない。イスラエルのユダヤ人社会が確実に偏向している中で、イスラエルの防御組織はますます極右集団の動員に依存している。」(39)
アラブ諸国はイスラエルの核兵器開発計画を以前から知っていた。その強引な意図が腹に据えかね、存在そのものを地域の平和に対する最高の脅威であると見なした結果、自身も大量破壊兵器が必要だと考えた。将来、もし中東に戦争が起こるとしたら、イスラエルによる核兵器使用の可能性を見くびるべきではない。(1953年のキビアにおけるパレスチナ市民の大虐殺からサブラとシャティラにおける1982年のパレスチナ市民大虐殺、そしてさらにその後も血なまぐさい前科を持っていのに、訴追を逃れている戦争犯罪人アリエル・シャロンが首相に就任したことを考慮するならば)
シャハークによれば、「イスラエルの用語では、爆薬であろうと毒ガスであろうと何が搭載されているかにかかわらず、イスラエルの領土に対しミサイルを発射することは「非通常型の攻撃」であると見なされる。」(40)(これに対しては「非通常型の反撃」で受けて立つのが筋だが、湾岸戦争時イラクにスカッドミサイルを撃ち込まれても反撃をしなかったのは、おそらく唯一の例外だろう。)
一方、このような不安定な地域での大量破壊兵器の存在は、未来の軍備管理と軍縮交渉と核戦争の脅威にとって重要な鍵となる。
シーモア・ハーシュは「中東で再び戦争が起こり・・・あるいはイラクがそうしたようにアラブのどこかの国がイスラエルに対してミサイルを発射したなら、かつては最後の手段としてしか考えられなかった核のエスカレーションは、高い確率で起きるであろう。」と警告する。(41)
現イスラエル大統領エゼル・ワイツマンは「核問題は重要性を増しつつあり(そして)次の戦争は通常戦争ではないであろう[訳注:つまり核戦争だという意味]」と語った。[訳注:現在の大統領はモシェ・カツァヴである。エゼル・ワイツマンの在任期間は93年5月13日〜2000年7月12日](42)
ロシアとそれ以前にソ連は、今日まで長い間(主要ではないとしても)1つの大きなイスラエルの核攻撃目標であった。ジョナサン・ポラードがイスラエル・スパイとして活動していた主要な目的が、ソ連の戦略目標に関する衛星画像と、そのほかの米国の戦略核攻撃目標設定に関連する最高機密資料を入手することだったことは広く伝えられている。(43)(1988年に自ら人工衛星を打ち上げてから、イスラエルはもう米国スパイを必要としなくなった。)
ロシアの中枢地域に向けられたイスラエルの核兵器は、軍縮と軍備管理交渉を深刻かつ複雑にし、そのうえ少なくともイスラエルによる一方的な核兵器保有は途方もない不安定化につながり、さらに全面核戦争勃発までいかずとも、核兵器使用の敷居を大幅に下げてしまうのである。
マーク・ガフニーは言う。「・・・もし、よく知られたパターン(米国の共謀により大量破壊兵器を改良し続けているイスラエル)が、直ちに逆転しないのであれば−理由が何であれ−深化している中東の対立は、世界に大火災を引き起こし得るであろう。」(44)
多くの中東和平活動家は、これまでしばしばイスラエルの中東地域における核の独占に挑戦することはもちろん、論じることさえ渋っており、不完全かつ無知な分析に基く、欠陥だらけの行動戦略だった。
イスラエルの大量破壊兵器問題を直接かつ誠実に議論のテーブルに乗せ、協議事項にすることは、いくつかの点で有益な効果を現すはずである。
第一に、中東の軍拡競争を煽り、周辺国に自らの「抑止力」を持たざるをえなくした、主要な不安定化要因を暴くだろう。
第二に、米国とヨーロッパが一方的にイラク、イラン、シリアの大量破壊兵器開発を強く非難している一方で、同時に主要な犯人を保護し大量破壊兵器開発を可能にするといった奇怪なダブルスタンダードを暴くだろう。
第三に、イスラエルの核戦略を暴露することで国際社会の目を集中させ、その大量破壊兵器を除去し、そして誠意をもって公正な和平交渉に臨むよう圧力かけることが可能となるだろう。
最後に、核を保有しないイスラエルは、核を保有しない中東を作ることができる。そして包括的かつ有望な地域和平合意締結の可能性はずっと高くなるであろう。
国際社会が秘密の核開発計画について、イスラエルとはっきり事を構えない限り、イスラエルとアラブの対立は、いかなる有意義な解決も見込めない。その閉塞状況こそ、イスラエルにとってはシャロン時代の夜明けにもってこいだからである。
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脚注:
1.シーモア・ハーシュ サムソン・オプション:イスラエルの核兵器とアメリカの外交政策 ニューヨーク、1991年 ランダム・ハウス 319ページ(多くの独自研究と才知に長け、そして予言的な仕事)[訳注:邦訳は同名で1992年2月1日に文藝春秋から出版されている]
2.マーク・ガフニー ディモナ、第三の神殿:バヌヌの暴露 バーモント州ブラットルボロ 1989年 アマナブックス 165ページ(イスラエルの核開発計画に関する、系統だてられ優れた分析)
3.米陸軍中佐ワーナー・D・ファー、第三の神殿:イスラエルの核兵器、米空軍核拡散対抗戦略センター、航空大学 1999年9月
http://www.fas.org/nuke/guide/israel/nuke/farr.htm
(おそらくイスラエル核開発計画の最も良質の短くまとめられた歴史文献)
4.ハーシュ前掲書131ページ
5.ガフニィ前掲書63ページ
6.ガフニィ前掲書68〜69ページ
7.ハーシュ前掲書242〜257ページ
8.ガフニィ前掲書65〜66ページ 1989年(NUMEC問題に関する別論)
9.バーバラ・ロジャース&ズデニック・セルベンカ 核の枢軸:西ドイツ、南アフリカ、ニューヨークの極秘の協力 1978年 タイムス・ブック 325〜328ページ(アパルトヘイト爆弾の決定的な歴史)
10.ガフニィ前掲書34ページ
11.ピーター・ホーナム、イスラエル秘密諜報機関モサドから来た女:モルデハイ・バヌヌの苦悩 ロンドン 1999年 ビジョン・ペーパーバック 155〜168ページ(バヌヌの物語でも最も完全で最新のもの。それはイスラエルが2つめの隠されたディモナ型原子炉を持っているかもしれないという身が凍り付くような推測を含む)
12.ハーシュ前掲書213ページ 1989年
13.同上198〜200ページ
14.同上3〜17ページ
15.同上189〜203ページ
16.同上199〜200ページ
17.同上312ページ
18.ジョン・パイクとアメリカ科学者連盟 イスラエル特殊兵器ガイドウェブサイト、2001年
http://www.fas.org/nuke/guide/israel/index.html(非常に貴重なインターネット情報源)
19.ウジ・マナイミとピーター・コンラデ イスラエル巡航ミサイル実験と新しい軍拡競争の恐れ サンデー・タイムズ 2000年6月18日
20.ウジ・マナイミ 化学戦の準備体制にあるイスラエルのジェット機 サンデー・タイムス 1998年10月4日
21.ウジ・マナイミとマリー・コルビン イスラエル「民族」爆弾計画にサダムは降伏する サンデー・タイムズ 1998年11月15日
22.ハーシュ前掲書319ページ
23.ガフニィ前掲書163ページ
24.イスラエル・シャハク、公然の秘密:イスラエルの核と外交政策 ロンドン 1997年 プルート・プレス、40ページ(すべての中東および反核活動家は絶対に「読まなくてはならない」)
25.同上2ページ
26.同上43ページ
27.ガフニィ前掲書131ページ
28.「イスラエルと米国:従属から核兵器まで?」 ロバート・W・タッカー 1975年11月 41〜42ページ
29.サンデー・タイムズ 1986年10月12日
30.ガフニィ前掲書147ページ
31.同上153ページ
32.DEBKAfile 2001年2月23日 www.debka.com
33.ウージ・マナイミとトム・ウォーカー、サンデー・タイムズ 2001年2月25日
34.シャハク前掲書150ページ
35.ハーシュ前掲書319ページ
36.シャハク前掲書34ページ
37.同上149ページ
38.同上153ページ
39.同上37〜38ページ
40.同上39〜40ページ
41.ハーシュ前掲書19ページ
42.アーロンソンとジェフリー「隠された課題:合衆国とイスラエルの関係そして核疑惑」 中東ジャーナル 1992年秋 619〜630ページ
43.ハーシュ前掲書285〜305ページ
44.ガフニィ前掲書194ページ
(訳=山崎久隆/TUP 「TUP-Bulletin」HPより ※文中[ ]内の注釈は訳者による)
原文:Israeli Weapons of
Mass Destruction: a Threat to Peace
http://globalresearch.ca/articles/STE203A.html
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「イスラエルの核兵器は約200発」 衛星写真を分析 専門家見積もり 英軍事誌が伝える
【ロンドン16日=尾関章】核保有のうわさの絶えないイスラエルの核兵器開発の状況を、「衛星写真をもとにつかむことができた」とする論文が英軍事誌「ジェーンズ・インテリジェンス・レビュー」11月号に掲載された。核関連施設やミサイルの試射場などの位置を推定、これらをもとに「すでに200発程度の核兵器を持っている」と見積もっている。
論文の筆者は、米国を拠点にしている軍事問題の専門家H・ハフ氏。過去5年間のフランスとロシアの衛星写真を分析、(1)核兵器の材料を得るための原子炉とプルトニウム抽出用と思われる施設は、南部のネゲブ砂漠にある(2)核兵器の設計をしたとみられる研究施設とミサイルの試射場は地中海沿岸にある(3)核ミサイルや核爆弾の地下貯蔵庫と推定しうる施設が、エルサレムに近い石灰岩質の丘陵地帯にある――としている。(朝日新聞
1994/11/17)
イスラエル「核」暴露の元技師 モサド女性工作員に誘惑、拉致された
週刊誌が詳細報道 政府に痛手
【エルサレム24日=村上宏一】イスラエルの週刊紙コールハイルは24日、イスラエルの核兵器製造を示唆する情報を英国の新聞に漏らしたとして服役中のモルデハイ・バヌヌ元技師(40)が、1986年にイスラエルの情報機関に拉致され、国に連れ戻された経緯を生々しく報じた。同事件は国家機密にかかわるとして、詳細を報じることは禁じられていたが、同紙はこのほど、最高裁の掲載許可を勝ち取った。
コールハイル紙が、実行に関与した人などの証言をもとに書いた拉致の状況などは、次の通りだ。
バヌヌ氏は、イスラエルのディモナ原発工場の技師として約10年間働いたが、イスラエルのレバノン侵攻に疑問を持ち、左翼運動にかかわるようになって解雇された。
86年の半ば、工場の写真を含む情報をいくつかの新聞に売り込んだところ、英サンデー・タイムズ紙が関心を示した。科学者に確かめ、バヌヌ元技師の証言は信用できることがわかった。証言をもとにイスラエルは既に100発の原爆を持ち、年間10発ずつ製造できるとの推計も示された。
同紙は9月23日、駐英イスラエル大使館にコメントを求めた。大使館側は否定すると同時に本国に連絡。当時のペレス首相(現外相)がイスラエル各紙の編集長を集め、英紙の記事を転載する場合もできるだけ小さく扱うよう要請。各紙は応じた。
情報機関モサドの工作員が、バヌヌ氏捜索のためロンドンに送られた。何人かがテレビ関係者のふりをしてサンデー・タイムズの建物の前に立ち、出入りを監視しているうちに同氏を発見、尾行してホテルを突き止めた。
次は女性工作員が誘惑。これに引っかかったバヌヌ氏は、ローマに行って姉の家で暮らそうという女性の言葉にのせられてロンドンを離れ、拉致された。
イタリアの海上に停泊していたイスラエル船の乗組員は、9月30日、急に食堂に集められ、政府に徴用されたことを告げられた。
間もなく、2人の男性と1人の女性が、1人の男を連れて乗船してきた。その男は手足を縛られ、薬で気を失っているようだったという。新聞を見たある乗組員は、男がバヌヌ氏であることを知った。
同氏は88年、スパイ・国家反逆罪で禁固18年の判決を受け、服役中だ。(朝日新聞
1995/03/26)
イスラエル核施設 米が情報公開強硬 スパイ衛星が67年にパチリ
【エルサレム26日=六分一真史】イスラエル南部・ネゲブ砂漠のディモナ核生産施設をとらえた米スパイ衛星による写真が、インターネットで入手可能になった。ディモナ核兵器用プルトニウムの生産工場といわれ、その写真はイスラエルの国家機密に相当するが、米国の情報公開によってあえなく暴露されてしまった。
25日のイディオト・アハロノト紙によると、米スパイ衛星KH−4Aが1960年から72年に撮影した1万7000本のフィルムが、クリントン大統領のゴーサインによって、このほどメリーランド州の国立公文書館で公開された。この中には、67年11月に撮影されたディモナ核施設の写真も含まれている。
イスラエル国防省は写真の公開をやめるよう米国に働き掛けていたが、成功しなかったという。(朝日新聞
1996/06/27)
イスラエル機墜落 住民に次々異常 積載劣化ウラン汚染疑惑調査へ
オランダ政府、専門家に要請
【ブリュッセル3日=永田和男】オランダ政府は2日、1992年、アムステルダム郊外にイスラエル「エル・アル」航空の貨物機が墜落し、40人以上が犠牲になった事故で、積載されていた劣化ウランによる現場周辺の汚染の可能性と、事故後相次いでいる住民の健康異常との因果関係の調査を専門家に要請した。
エルス・ボルスト保健相が議会の緊急質疑で明らかにしたもの。オランダでは先月末、民間活動団体が「住民の排せつ物から高い濃度のウラニウムが検出された」との独自の調査結果を発表。放射能汚染への懸念と、政府に真相究明を求める声が急速に高まっていた。
政府はこれまで、事故と健康異常の因果関係を否定し、住民の補償請求も却下してきた。
事故は92年10月、アムステルダム南郊ベイルメアール地区の高層アパート群に、スキポール空港を離陸した直後のエル・アル機が突っ込み、少なくとも43人の死者を出した。
事故の後、周辺の住民や、現場にかけつけた消防士、警官、また事故機の残がいが運ばれたKLM航空倉庫の職員からも、じん不全や皮膚病、筋肉痛、視力低下などの訴えが相次いだ。原因として、重量バランスを取るため機体後部に積まれていた、約400キロの劣化ウランが溶解、流出していた可能性が取りざたされた。劣化ウランは、半分の約200キロしか回収されていない。
事故機はニューヨークからアムステルダム経由でテルアビブに向かっていたが、ミサイルなど大量の武器弾薬が搭載されており、これが墜落時の爆発規模を大きくし、劣化ウランが流出したという説もある。
発着国である米国、イスラエル両国とも、税関当局は事故機の貨物送り状を一切公開せず、ブラックボックスも回収されなかった。「事故直後に宇宙服のようなものを着た、英語を話す人々が、何かを回収していた」とのカメラマンの目撃談もある。
現場近くに住むタルシク・スキッパーさん(54)は「米、イスラエルとも何か隠している、という疑いが膨らむばかりだ」と憤る。
軍関係者の間では、「米国からイスラエルへの武器運搬の中継点であるスキポールは、イスラエルの軍事的生命線」とも呼ばれていた。また「貨物送り状改ざんは日常的に行われていた」とのエル・アル航空元職員の証言も、疑惑を増幅させた。
政府が腰をあげたのは、こうした事情によるが、調査要請を受けたアムステルダム大学病院は2日、「事故機が何を積んでいたのかなど、基本的な情報が不足しており、調査は難しい」とし、要請受け入れを留保している。
米、イスラエルの協力なしに、オランダ側がどこまで真相に迫れるか、見通しは明るくない。(読売新聞
1998/04/05)
イスラエルのペレス前首相 核保有を初めて明言
【カイロ14日田原拓治】14日付のヨルダン紙アルアラビアルヨームなどによると、イスラエルのペレス前首相は13日、アンマンのヨルダン大学での講演で「イスラエルにとって、核兵器保有はアラブとイスラム世界の隣人から国を防衛する唯一の戦略的選択だった。これがなければ(エジプトとの)キャンプデービッド合意や(パレスチナとの)オスロ合意、ヨルダンとの和平もなかった」と述べ、同国が過去に核保有していたことを公に認めた。
前首相はイスラエルが現在も核保有しているかについては明言しなかったが、いまも核兵器を保持し続けている可能性が強い。これまでイスラエルの歴代指導者は、核保有をあいまいにし周辺国を疑心暗鬼にすることが安全保障上、好ましいと、核についての明言を避けてきた。
米、英研究機関などの情報では、イスラエルは現在、100発以上の核弾頭を所有しているとみられている。包括的核実験禁止条約(CTBT)には署名しているが、未批准で、核拡散防止条約(NPT)には加盟していない。(中日新聞
1998/07/15)
イスラエルが『民族兵器』を開発か
イスラエルは、アラブ民族には有害だがユダヤ民族には影響しない生物兵器を開発中だと、ロンドンの『サンデー・タイムズ』紙が報じた。
イスラエル軍と西側情報機関を情報源に挙げるこの記事によると、科学者たちは、アラブ人特有の遺伝子を突き止め、それに合わせて遺伝子操作を行なった細菌またはウィルスを作り出すという課題に取り組んでいるという。
先日、イラクがあとわずか数週間で生物兵器を完成できそうだと伝えられたが、この『民族爆弾』は、その脅威に対するイスラエル側の反応だと報じられている。
『民族爆弾』計画は、イスラエルの『ネス・ジヨナ(Nes
Tziyona)』研究所を中心に進められている。ここで科学者たちが取り組んでいる課題は、ウィルスや細菌を使って生体細胞内のDNAを変化させ、アラブ的な遺伝子を持っている細胞だけを攻撃するというもの。
アラブ民族もユダヤ民族もともにセム系であるため、この課題は非常に複雑なものだ。しかし記事によるとイスラエル人は、あるアラブ民族、「特にイラク人に」特有の特徴を分離することに成功しているという。
イスラエルの国会議員、デディ・ズッカー氏は『サンデー・タイムズ』紙上でこの研究を非難した。「われわれの歴史、伝統、経験に基づく倫理から見て、このような兵器は極悪非道なものであり、認められるべきではない」
先月、世界の軍事情報を提供しているジェーン・グループの『フォーリン・レポート』は、イスラエルは『民族弾』を開発中と思われるが、これはアパルトヘイト時代の轍を踏む恥ずべき研究であると論じた。(WIRED
NEWS 1998/11/16)
イスラエルが第6の核大国
【エルサレム8日共同】8日付のイスラエル紙ハーレツは、米エネルギー省の秘密文書をもとに、公式には核保有を認めていないイスラエルがロシア、米国などに続き世界で6番目の核大国であると報じた。
同紙によると、核兵器に転用可能なプルトニウムの保有量では、ロシアが最も多く140トン。続いて米国の85トン、英国7.6トン、フランス6―7トン、中国1.7―2.8トンの順で、イスラエルは300―500キロで6番目。インドは150―250キロ、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)は23―35キロを保有しているという。
核拡散防止条約(NPT)への調印を拒否しているイスラエルは、核疑惑に対し、否定も肯定もしない立場をとっているが、核弾頭100―200の戦術核を保有していると推定されている。(共同通信
1999/10/08)
「核保有」暴露技師の公判記録初めて公表 イスラエル
【エルサレム24日=当間敏雄】1986年にイスラエルの核兵器開発・保有を英紙サンデー・タイムズに暴露し、現在、国家反逆罪、スパイ罪で服役している元原子力技師モルデハイ・バヌヌ受刑者の公判記録が、24日、初めてイスラエルのイディオト・アハロノト紙に掲載された。イディオト紙の資料請求で裁判所が一部公表を認めた。
同紙によると、バヌヌ受刑者は裁判の中で「イスラエルは核兵器を保有していないとうそをつくことはできない。だれもが知っていることを確認したかっただけだ」と核保有を認めた上で、「この件に関しては適正な査察を受けるべきだと思った」などと機密暴露の動機を語っている。サンデー・タイムズ紙は、暴露情報をもとに、イスラエルは200個以上の核弾頭を製造していると伝えていた。
バヌヌ受刑者は、ディモナ原子力研究所のスタッフで、86年10月に機密情報を英紙に暴露した。(読売新聞
1999/11/25)
イスラエルに核兵器100発 衛星写真を分析 米科学者ら推測 ネットで公開
イスラエルの核兵器は戦略、戦術用を合わせて100発前後が使用可能――米の核科学者団体はこのほど、最新の衛星写真からイスラエル南部の砂漠地帯にあるディモナ核施設の現状をインターネットで公開した。核問題はタブーのはずのイスラエル紙も先月、1面写真入りで報じたが、政府当局は沈黙したまま。国家安全保障上の機密を建前に掲げる政府の基本政策は変わりそうにない。インド、パキスタンが一昨年、相次ぐ核実験で「核クラブ」に加入した後、イスラエルだけが「事実上の核保有国」として残った。中東和平の大きな障害要因である。(カイ口=定森大治)
衛星写真を分析
公開したのは米科学者連盟(FAS)。すでに機密解除となった過去の米偵察衛星による資料と今年7月に撮影された資料を比較し、(1)ディモナの施設はやや拡大したが、兵器用プルトニウムの生産量は年間40キロ程度(2)敵の攻撃に耐える地下の核再処理工場が稼働(3)湾岸戦争以降と見られる対空ミサイル陣地が強化された――などと推測している。
そして、弾頭に使われるプルトニウムの量を5キロとすると、100発前後が実戦配備可能な状態、と推定。これらは航空機搭載の核爆弾やイスラエルが独自に開発したジェリコ1、2の各弾道ミサイルに装着できるほか、戦術用の小型核兵器も保有、としている。
同連盟の別の資料によれば、イスラエルは1967年の第3次中東戦争で起爆装置の実験だけですませた核爆弾2発を実戦配備していた。また、エジプトが奇襲に成功した73年の第4次中東戦争では、不測の事態に備えて20キロトン級の原爆13発を保有していた、とされる。
核不拡散条約(NPT)への加盟を拒むイスラエルの核政策について、同国政府高官は「乳白色と呼ぶのが適切だ」と語る。核保有を否定するより、存在を半透明にしていた方が周辺諸国への抑止力が効く、との思惑からだ。
核保有を公表した方が抑止力が向上するとの議論はイスラエル国内にもある。
だが、米通商法などで制裁の対象になりかねず、イスラエルの安全保障を基軸に掲げる米中東政策の最大の泣きどころだ。
中東和平交渉と並行して進められるはずだつたアラブ・イスラエル間の多国間軍備管理交渉は、イスラエルが核問題を議題にすることを拒否しているため、宙に浮いたままだ。
今春のNPT再検討会議の最終文書で、イスラエルに対して初めて名指しでNPT加盟を求める条項が加わった。米政府内にも「掛け違え」の見直し論が浮上している、と伝えられる。
米科学者連盟が公開しているイスラエル関連情報のアドレスは、http://www.fas.org/nuke/guide/israel/facility/(朝日新聞
2000/09/21)
劣化ウラン弾:1年前までの使用を認める イスラエル軍
【エルサレム11日海保真人】イスラエル軍は11日、1年前まで劣化ウラン弾を使用していたことを初めて明らかにした。
軍報道官によると、劣化ウラン弾は海軍が空と海上の標的のみを対象に用い、約1年前に使用をやめた。具体的な使用場所や中止の理由は明らかにしなかったが、レバノンとの国境紛争では使わなかったとしている。兵士の健康被害などは確認されていないという。
イスラエル軍はこれまで劣化ウラン弾の使用を公式には認めていなかったが、欧州での問題化を機にイディオト・アハロノト紙が11日、過去の使用を報じた。同紙によれば、1985年に地中海でパレスチナ・ゲリラの船を撃沈したのが最初の使用だったという。(毎日新聞
2001/01/12)
イスラエル核兵器400基保有、米空軍報告書
国際問題を専門に扱うウェブサイトのワールドトリビューンドットコムは4日、米空軍報告書を引用して、イスラエルが400基の核兵器を保有しているほか、イラン、イラクなどの核攻撃に備えて、報復攻撃が可能な核兵器搭載艦隊を創設していると報じた。また、この報告書によると、67年当時13基と推定されていたイスラエルの核兵器が、原子爆弾と水素爆弾を含む400基に増えており、イスラエル海軍は、3隻のドイツ製ドルフィン級ディーゼル潜水艦の艦隊に、これらの核兵器を搭載することができると伝えている。
この報告書は、米空軍の兵器拡散防止センター(Counterproli-feration
Center)の支援を受けて、ワーナファー陸軍大佐が作成したもので「第3神殿の至聖所(ユダヤ教の礼拝堂で最も神聖な場所):イスラエルの核兵器」という題がつけられている。
米国の軍事機関が、イスラエルの水素爆弾保有を明らかにしたのは今回が初めてであり、イスラエルが保有している核兵器の数は、従前の推定より2倍も多い数字。
報告書は、イスラエルがオマーン付近に核艦隊を配備して、射程350キロの核ミサイルを配備する可能性があるとし、イスラエルのこうした能力が、中東の核軍備競争に変化をもたらすものと予測した。報告書はしかし、イスラエルの核兵器保有が、米国に対する直接的な脅威になるとはみていない。(東亜日報
2002/07/05)
イスラエル製兵器多用 米英軍
ハイテクで優位性
【エルサレム24日星浩】米英軍のイラク攻撃では、イスラエル製兵器が多用されており、24日付の有力紙「エルサレムポスト」は同国製兵器の使用状況を伝えるAP通信の記事を掲載し、その優位性を伝えた。
英国から連日のように出撃しているB52爆撃機には、イスラエルの国営軍需企業が開発した空対地ミサイル「ポパイ」が搭載可能。イラク南部から進撃する米海兵隊が使う無人偵察機「ハンター」「パイオニア」は、対戦車攻撃も可能なハイテク兵器で、これもイスラエル製だ。
ほかにも、戦闘機の照準機や燃料タンクまで、同国製兵器は、米英軍に深く浸透しており、AP通信は「イスラエルで開発された技術抜きに、現代の軍隊を運用するのは難しい」とまで指摘している。
イラクのサブリ外相は23日、「バグダッドでイスラエルのミサイルが発見された。同国が参戦している」と非難したが、イスラエル製ミサイルが見つかるのは不思議ではない。
イスラエルはロシアと並ぶほどの兵器輸出国で、ハイテク兵器市場での強さから世界3−5位の輸出額を誇るまでになっており、イラク戦争は同国の軍需産業に特需を呼び込みそうだ。(中日新聞
2003/03/25)
核開発暴露男の渡航禁止検討=出所前に気もむイスラエル
【エルサレム4日時事】1986年にイスラエルの核兵器開発・保有を英紙サンデー・タイムズに暴露し、国家反逆罪などで服役中のイスラエルの元核技師モルデハイ・バヌヌ氏(49)が禁固18年の刑期を終えて4月に出所するのを前に、さらなる秘密漏えいを恐れるイスラエル当局が、同氏に海外渡航禁止などの措置適用を検討していることが4日、明らかになった。
イスラエルは、核兵器保有を否定も肯定もしない「あいまいな政策」を続けているが、原子力研究所に勤務していたバヌヌ氏が証拠写真や情報を同紙に提供。イスラエルは100発以上の核弾頭を保有していると報じられ、世界に衝撃を与えた。(時事通信
2004/01/05)
イスラエルの核開発暴露 バヌヌ氏、獄中から手紙
中東でヒロシマ繰り返すな 広島の男性に12通 米の政策批判
イスラエルでスパイ罪に問われた元原子力技師が、獄中から5年間、「ヒロシマ」にメッセージを送り続けている。イスラエルの核兵器開発を英国の新聞に暴露したモルデハイ・バヌヌ氏だ。18年の刑期を終えて来月21日に釈放予定だ。最新の手紙でバヌヌ氏は「2005年のヒロシマ・デーに参加したい」と訴える。(中山洋子)
バヌヌ氏と文通しているのは、アムネスティ・インターナショナル日本のメンバーで、広島県府中市に住む野間伸次さん(41)。99年4月、アムネスティの会報で知り、獄中のバヌヌ氏に送った手紙が始まりだった。9月に返事が届いた。
ヒロシマからの手紙に対し、バヌヌ氏は「イスラエルの核開発を告発したのは、中東でヒロシマを繰り返さないためだ」と記す。バヌヌ氏は77年から85年まで、イスラエル南部の砂漠にあるディモナ原子炉で働いていた。パレスチナ政策などに反対するデモに参加したため施設を解雇され、86年に、隠し撮りした約60枚の写真や見取り図などを英紙サンデー・タイムズに提供した。
報道後、バヌヌ氏はイスラエル当局に連行され、88年スパイ罪に問われた上、非公開の裁判で禁固18年の判決を受けた。
中東の核問題に詳しい姫路独協大学の木村修三学長は「バヌヌ氏の詳細な証言は当時、疑惑だけだったイスラエルの核開発を立証するもので衝撃的だった」と説明する。
イスラエルは核開発について現在も、公式には認めていない。木村学長は「少なくとも現在、100−200発の核ミサイルを保有しているとみられている。2種類のミサイルのうち、1つは中東全域に届く射程の長いものだ」と説明する。
野間さんのもとに届けられた手紙は12通。新聞や雑誌の切り抜きがコメントつきで同封されることもある。2年前、日本の政治家が「核弾頭を作るのは簡単だ」と発言した問題に関する英文記事には「日本は核兵器の準備をしているのか」と嘆くコメントを添えた。
野間さんは「どの手紙も核廃絶を強く訴えている。特にイラクに対しては大量破壊兵器の証拠もなしに攻撃するのに、イスラエルの核は黙認するという米国のダブルスタンダードを批判する言葉は厳しい」と話す。
ノーベル平和賞の候補にも名を連ねるだけに、バヌヌ氏のもとには、世界中から支援の手紙が寄せられている。それでも「ヒロシマ」からの手紙には、間をおかずに、リポート用紙2、3枚にびっしりとメッセージを送り続けてきた。(中日新聞
2004/03/05)
イスラエルの核機密暴いた男、刑期18年終え釈放へ
【エルサレム=佐藤秀憲】イスラエルが進めているとされる核開発に関する機密情報を英紙に暴露し、国家反逆罪などで投獄された技術者モルデハイ・バヌヌ氏(49)が18年に及ぶ刑期を終え、21日釈放される。
「新しい人生を反核運動家として生きたい」と表明しているバヌヌ氏の釈放を契機に、イスラエルの独特の核政策に世界の注目が改めて集まるのは避けられない。政府は、バヌヌ氏の行動を厳しく制限する構えで、「核保有を否定も肯定もしない」自国の核政策へ風当たりが強まるのを回避しようと必死だ。
ポラズ内相は19日、バヌヌ氏の出国を1年間禁止すると発表した。地元紙によると、イスラエル政府はこのほか、バヌヌ氏が電話やインターネットを使って外国人と接触することや、許可なく国内を移動することも禁ずる方針。政府は、一時は自宅軟禁措置も検討したと説明しており、法治国家を標ぼうするイスラエルが、刑期を終えた者に、これだけの制約を課すのは異例だ。当局が、いかにバヌヌ氏のこれからを警戒しているかをうかがわせる。
バヌヌ氏釈放にあたっては、イスラエル中西部アシュケロン近郊の刑務所に世界各国から平和団体や反核団体関係者らが駆けつけ、盛大に迎える計画だ。
バヌヌ氏は、イスラエル南部ネゲブ砂漠のディモナにある原子力研究センターで9年間技師を務めた後、1986年、英紙サンデー・タイムズに、盗み撮りした写真や見取り図とともに「同センターが原爆秘密工場になっている」と暴露。これをもとに同紙は、同年10月、「イスラエルは100発以上の原爆を保有している」などと詳報した。
同紙への証言の直後、バヌヌ氏は、知り合ったばかりの女性に誘われて訪ねたローマのホテルの部屋でイスラエルの諜報(ちょうほう)機関モサドによって拉致されてイスラエルに連れ戻され、国家反逆罪およびスパイ罪で有罪判決を受けた。
「イラクの原子炉が(81年にイスラエル軍の空爆で)破壊されたように、イスラエルの原子炉が破壊されることを望む」。イディオト・アハロノト紙によると、バヌヌ氏は、3月に行われた治安当局者との面会でこう述べるとともに、英紙への機密情報の暴露についても「正しいことをした」と言い切り、イスラエルの核開発に反対していく立場を鮮明にした。
中東では、リビアが核兵器を含むすべての大量破壊兵器計画の放棄を宣言、イランも核査察受け入れを決めるなど核管理体制の強化が進んでいる。その中で、核拡散防止条約(NPT)にも加盟しないイスラエルの異質ぶりは際立っている。
ヘブライ大学のエイタン・バラク講師(軍備管理・軍縮学)は、「政府は、バヌヌ氏が世界の反核運動を主導したり、イスラエルの核政策批判キャンペーンを展開したりすることを阻止したいのだ」と、バヌヌ氏の扱いに困惑するイスラエル政府の苦悩ぶりを解説している。
◆イスラエルの核開発=南部ネゲブ砂漠にある原子力研究センターで秘密裏に進められたとされる。フランスから供給された原子炉が1964年に運転開始。使用済みウラン燃料から抽出できるプルトニウム量から換算して、核爆弾100―200個を保有していると見積もられている。イスラエルは、核拡散防止条約(NPT)未加盟で、政府は核兵器の存在を否定も肯定もしていない。(読売新聞
2004/04/20)
イスラエル最高裁、核開発暴露技師の出国禁止を容認
【エルサレム=佐藤秀憲】イスラエル最高裁は26日、同国の核開発に関する機密を暴露し、国家反逆罪などで18年間服役後、4月に出所した元原子力技師モルデハイ・バヌヌ氏に対し、政府が課している外国人との接触や出国などを禁じる措置を容認する決定を下した。
海外への移住を希望しているバヌヌ氏が、政府の措置を不服として訴えていた。最高裁は、バヌヌ氏が未公表の機密を保有している可能性があり、安全保障上、制限はやむをないとする政府の主張を支持した。バヌヌ氏は「イスラエルに真の民主主義は存在しない」と決定を批判した。(読売新聞
2004/07/26)
イスラエル核施設の映像、初放映
【エルサレム8日】イスラエルのテレビ局チャンネル10は、同国最高機密である核施設の映像を放映した。イスラエル核施設の映像が放送されたのは初めて。
放映されたのは、ネゲブ砂漠南部にあるディモナ核施設をとらえた映像で、ドキュメンタリー番組の中で15分ほど紹介された。ただ、遠くから撮影されたもので、近距離の映像はなかった。
イスラエルは核兵器保有の事実を公式に認めたことはないが、外国の専門家は、イスラエルがディモナの原子炉を使って100―200個の核弾頭を製造していると見ている。同施設は、国際原子力機関(IAEA)の査察を受けたこともない。
チャンネル10は映像をどのように入手したか、口をつぐんでいる。しかし、映像は軍部の検閲を通過しており、同施設情報の扱いに関して当局が従来の方針を変更した可能性もあるとみられている。
ディモナ核施設の静止画像は1986年に核技術者のモルデハイ・バヌヌ氏によって公にされた。このためバヌヌ氏はローマ滞在中にイスラエル当局によって逮捕され、国家反逆の罪で18年間、服役した。
ディモナ核施設にある原子炉は1950年代初頭にフランスの協力で建設された。この原子炉のタイプは耐用年数が40年であるとして、閉鎖を要求する声も多い。
イスラエルは核拡散防止条約(NPT)の未調印国である上、IAEAの査察を受け入れていないため、周辺のアラブ諸国の怒りを買っている。〔AFP=時事〕(時事通信
2005/01/09)
イスラエル:核開発暴露の元原研技師を起訴
【エルサレム樋口直樹】イスラエルの核開発疑惑を外国紙に暴露して有罪となり、約18年の刑期を終えて昨年4月に出所した元原子力研究所技師、モルデハイ・バヌヌ氏(50)が17日、出所条件だった外国人記者との接触禁止に違反したとして、イスラエル検察当局によって起訴された。
起訴状によると、バヌヌ氏は出所後も英BBCをはじめ米国や豪州、仏などのメディアのインタビューに答え、イスラエルが南部ディモナの原子力研究所でかつて水素爆弾などを製造、原子爆弾10個分のプルトニウムを毎年製造していた、などと語ったとしている。
同氏は昨年11月にも国家機密を外国メディアに漏らした疑いで逮捕され、釈放後も治安機関の監視下に置かれていた。
イスラエルは核兵器の存在を暗示することでアラブ諸国ににらみを利かせつつ、核拡散防止条約(NPT)への加盟を拒否する政策をとっている。(毎日新聞
2005/03/18)
核開発機密暴露、イスラエルがバヌヌ氏の出国禁止延長
【エルサレム=佐藤秀憲】イスラエル内務省は19日、同国の核開発機密を暴露し、国家反逆罪などで約18年間服役後、昨年4月に出所した元原子力技師モルデハイ・バヌヌ氏の出国禁止措置を1年間延長することを決めた。
同国政府は、バヌヌ氏の釈放後、1年間出国を禁じた上、外国人との接触も禁じてきた。
だが、同氏はヨルダン川西岸占領地に入ろうとしたり、外国報道機関の取材を受けるなどして、たびたび拘束されていた。(読売新聞
2005/04/19)
核開発に利用可能な重水、58年に英がイスラエルへ供与
英国が約半世紀前の58年、イスラエルに核開発に利用できる重水20トンを150万ポンドで秘密裏に供与していたことが、国立公文書館で発見された公文書によって明らかになった。英BBC放送が3日夜のニュース番組で報じた。両国間の取引は、当時のマクミラン保守党政権の閣僚や盟友の米国にも知らされていなかったとみられ、平和利用に限った供与であるとの条件も付けられていなかったとされる。
イスラエルはこの取引の約2年前から、フランスの技術協力を受け、ネゲブ砂漠でディモナ原子炉の建設を開始。当初は平和利用を目的とした施設とされたが、「核兵器工場」となった。英国から供与された重水は、この原子炉でプルトニウムの製造に使われたとみられる。重水が英国の港からイスラエルに出荷されているものの、ノルウェーとイスラエル間の取引に見せかけていた可能性も指摘されている。
保守党のギルモア上院議員はBBCに対し、マクミラン首相や担当閣僚が関与していたとの観測を否定。英国の公務員が金銭目的で行った取引だったとの見方を示した。
一方、イスラエルの核開発を停止させるよう圧力をかけた米ケネディ政権下で国防長官を務めたマクナマラ氏は、「英国とは核兵器に関する情報を緊密にやりとりし共有していたので、(供与について)知らされていなかったのは非常な驚きだ」と語った。(朝日新聞
2005/08/05)
イスラエルの核物理学者が、イスラエルを中東地域における諸悪の根源だとしました。
シオニスト政権・イスラエルの核兵器製造を暴露し、18年間投獄されたイスラエル核物理学者・バヌヌ氏が、フランスの新聞『ユマニテ』とのインタビューで、「NPT核兵器不拡散条約に加盟せず、核兵器を製造し続けているイスラエルは、中東地域の諸悪の根源である」と語りました。
バヌヌ氏は、シオニスト政権のガザ地区からの撤退について、「ガザからの撤退だけでは充分ではない。イスラエルは、すべての占領地から撤退すべきだ」と述べました。(IRIBラジオ
2005/08/24)
兵器用核物質保有、イスラエルが突出 米研究所が報告書
米シンクタンク科学国際安全保障研究所(ISIS)は7日、核兵器の製造に必要なプルトニウムや高濃縮ウランの国別保有量をまとめた報告書を発表した。報告書は事実上の核保有国イスラエル、インド、パキスタン、北朝鮮の4カ国が製造できる核兵器の弾頭数も、それぞれの保有量をもとに推計。これらの国の中では、イスラエルが突出した数の核兵器を保有している可能性があることを明らかにした。
報告書は米ロなどの核保有国のほか、民生用としてプルトニウムを保有する日本を含む計約60カ国を対象に、核兵器の材料となる物質の国別保有量をまとめた。こうした資料が公開されるのは初めてだ。
同報告書によると、03年末段階でイスラエルは軍事用のプルトニウム560キロを保有、145個分と推定された。これに対しインドは80個分、パキスタンは70個分だった。北朝鮮は核兵器3〜9個分に当たるプルトニウム35〜45キロを保有していると推定され、その後の活動でさらに2〜4個分増えている可能性がある。
これらの国の実際の保有弾頭数は明らかになっていないが、核物質の保有量から実際の数に近い数字を推計した。核兵器開発疑惑のあるイランは民生用の高濃縮ウラン7キロだけだった。
イスラエルの核兵器はプルトニウム型とみられている。オルブライトISIS所長は朝日新聞に対し、「年間10〜20キロのプルトニウム生産を続けており、核兵器2〜5個分増えている。高濃縮ウラン型の核兵器を保有している可能性も否定できない」と語った。
一方で、同所長は「プルトニウムや高濃縮ウランがテロリストに盗まれる可能性は至る所である」と述べ、両物質を計約1300トン以上持つロシアが管理体制の不備などから「最大の懸念だ」と指摘。インド、パキスタン、中国の3国や、兵器開発を断念した南アフリカから流出する危険性も指摘した。(朝日新聞
2005/09/08)
国連が、イスラエルの核施設の放射性物質の危険性について警告を発しました。
国連監視検証査察委員会が、シオニスト政権イスラエルの核施設から発生する放射性物質の危険性について、警告を発しました。
イルナー通信によりますと、同委員会は、「イスラエルは、ゴラン高原で、送風機により、この地域に埋められた核廃棄物の放射能をシリア方面に向かって流している」と報告しています。
の報告の中では、イスラエルは再三の警告にもかかわらず、依然として、ゴラン高原やジャバルシェイフ西部で核廃棄物を埋め続けているとされ、環境破壊にも繋がることが予想されています。
国連監視検証査察委員会は、さらに、ゴラン高原における人権侵害、同地域におけるシオニスト入植地の建設継続についても報告しています。
シオニスト政権は、1967年、シリアのゴラン高原を、エジプトのシナイ砂漠、ヨルダン川西岸、ガザ地区とともに占領しました。(IRIBラジオ
2005/11/30)
ロシア軍参謀総長:「イスラエルは核弾頭を保有」
【モスクワ杉尾直哉】ロシア軍のバルエフスキー参謀総長は1日、記者会見で「イスラエルは多数の核弾頭を長期間、保有している」と述べた。軍事専門家らはイスラエルが100〜200の戦術核を保有していると指摘してきたが、核保有国ロシアの軍首脳が公式にイスラエルの核保有を認める発言をしたのは異例。
同参謀総長は米露関係を語る中で、イスラエルの核保有疑惑を取り上げ、「米国は北朝鮮やイランの核計画については説明を求める一方、イスラエルの核保有には目をつぶり、二重基準政策を行っている」と批判した。イスラエルの核保有の具体的な証拠は挙げなかった。イスラエルは核保有を肯定も否定もしない政策をとっている。
さらに同参謀総長は「米国はミサイル拡散防止体制を利用して、ロシアを含む(武器輸出での)競争相手に圧力をかけようとしている」と述べ、ロシア製地対空ミサイルなどのシリアへの供給に反対している米国を批判した。(毎日新聞
2005/12/02)
【関連サイト】
THE THIRD TEMPLE'S HOLY
OF HOLIES: ISRAEL'S NUCLEAR WEAPONS
Zionist military historian
calls for genocide against Palestinians
(ummahnews 2002/03/10)
UK helped Israel get nuclear
bomb (BBC News 2005/08/04)
UK 'covered up' Israeli
nuke deal (BBC News 2005/12/10)
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