神の恵みという名の証し

(元カトリック修道女であった著者が、真の神に出会うようになったことの証)

読者に翻訳いただきました。
 

メアリー=アン=コリンズ
(元カトリック修道女)
 www.CatholicConcerns.com.

2002年2月
2003年10月改訂

 私はローマ=カトリック教会の信徒でした。と言いますのは、私は神を探し求めていたからなのです。私は、神に少しでも近づきたく、大いなる献身をもって奉仕したいという気持ちがあったので、修道院に籍を置いていました。しかし私は、長年探し求めていた神とのある種の関係を見出してからというもの、カトリック的信仰とは決別したのです。私の書いた詩を読むなら、その理由がわかります。

 私の師事した牧師及び神父は、二人とも、個人情報は公表すべきではないというアドバイスをしてくれました。よって、この伝記は、牧師先生方のアドバイスの想定内において、我が想いと我が人生を文字に現してみたものです。

 私はどちらかと言うと、キリスト教を毛嫌いする、比較的リベラルな知識人としてキャリアをスタートしました。私はキリスト教徒というのは、愚かで教養のない、騙されやすい人達だと信ずることを教えられてきました。私は基本的に神は存在するのかわかりもしなければ、気にもとめない不可知論者でした。私にとって、神という考えは論外でした。私は科学、心理学、政治といったものが、人類をいろいろな問題から救う事が出来ると見ていました。

 高校生活において年長となっていた時、私は熱心なカトリック教徒の若者と恋に落ちました。それが私にとって、熱心に神を信じる人との最初の出会いとなったのです。私は以前にもキリスト教徒と出会っていたのかもしれませんが、私には、その人たちを通して、キリスト教の信仰を見出す事はできなかったのです。

 この若者はよく祈っていたものです。心から神を愛していました。彼は信条と誠実といった言葉が似合う人でした。彼の人生は、宗教的信仰によって、支えられていたといえます。彼は希望も持っていました。彼には私が見た事もないような、ある種の他人に対する憐れみとか、尊敬というものがあったように思います。どこか世間一般の人とは違っていましたね。それが何であるか私にはわかりませんでしたしが、たとえそれが何であろうと、私は魅力であると感じました。それが宗教から来るものであると私にはわかり、カトリック信仰の授業をスタートさせたのです。その若者は私のもとを去り、ふたたび会う事はありませんでした。しかし、カトリック信仰の勉強は続けました。

 大学に入学して最初の年に、私は生物学を専攻しました。フランス語とラテン語も勉強しました。カトリックの授業を受ける為に、毎週、地方在住の神父の下へ通ったものです。彼の指導のもと、“ボルチモア教理問答“を含む多くの書物と著名な近代カトリック教徒の自叙伝を勉強したものです。そんな中で、一般的な洗礼志願者プログラムをこなす前に、ラテン形式のミサにも参加したものでした。そのような中、私が夏期休暇で家に戻った時、授業を続けるために、別の神父を見つけたことがあります。

 翌年、私は大学へ戻る事が出来ませんでした。そこで、教えを受ける為、また別の神父を捜しました。何年かの間、その神父と勉強を続け、そのかたわら大学へ復帰する資金を稼ぐ為、働きました。その神父は、聖書に一連の小冊子を添えて、勉強するには充分なくらい、本を下さいました。(聖書のそれぞれの巻ごとに、小冊子がついていました。それぞれのページの前半部分は聖書から、後半部分は聖書のそこの部分についてカトリック的解説がなされていました。)

 私の勤めは、少しでもカトリック教会に近づく事でした。昼食時、よくミサにも行きました。信仰を与えてくれるよう神に祈ったものです。私は神の存在を確信できなかった時でさえ、祈ったものです。私の初めての祈りは、“神様、そこから出てきて、御姿をお見せになってください”でした。私は真正のカトリック教徒ではなかったので、聖体拝領にはあずかりませんでした。私は、信仰の程度において、使徒信条を唱えたくらいでした。始まりの句“神を信じます”さえ言えるまで、ずいぶんと時間がかかったものです。

 何年か後に、ローマ=カトリック教徒として洗礼を受けました。そのあとすぐに、私の兄もカトリック信者になりました。兄は、グループレッスンを通して教えを受けたようです。何度か兄と一緒に、その授業に出たことがあります。私は貪欲なほど、神について何でもいいから知りたかったのです。

 私は、カトリック系の大学に進学し、宗教教育論を専攻しました。私は聖書に関する授業で、多くの近代的高等評論を受けました。何人かの宗教教育論関係の教授は、カトリック教会の公式見解に反するような事を、平気で教えていたような気がします。私は、保守派の神父を探して、それら教わった事が、カトリック教会の公式見解と一致するかどうか、その神父と教えを吟味しました。私はもはや、宗教教育論部門の教えを信用できなくなり、専攻を変えたのでした。

 私は、女子修道院に入ったとき、カトリック教会の公式見解に忠実で保守的な神父を、注意を払いながら選びました。私の宗教生活における訓練は、第二バチカン公会議に関する文書、その他カトリック教理に関する本、そしてよく知られた聖人の自叙伝などの学びもありました。

 私は、2年以上の間、聖職訓練者、そして修練士として過ごしました。これはいうならば、修道院の指導者として、自分自身のため、まあどちらにせよ、誓いを立てるかどうか決める為のお試し期間みたいなものでした。私が指導してもらっていたシスターは、私の献身に疑問を抱き、彼女とその指導により、私は修道院に残るべきではないと決心したのでした。私はいい時に修道院を去り、時々、そのときお世話になったシスターの方々と今でも連絡を取っています。

 私が指導を仰いでいたシスターは、神父が修道院のミサでしゃべった事を、非常に尊重する方でした。私たちの神父は神とカトリック教会に対して忠実な方でした。あの方達は、聖書を信じていましたし、信仰の厚い方々でした。

 私が修道院を離れ、両親と暮らし始めてからというもの、そのような信仰心厚い神父とめぐり合うことはありませんでした。地方在住の神父は、神に対しても、カトリック教会に対しても、信仰心、忠誠心ともに持ち合わせていないように思えました。私は、説教(短いメッセージ)があまりにも失望するほど悲しくて、涙にくれて、席を立ったミサを覚えています。会堂の外に涙ながらにたたずんでいました。しかし、聖体拝領のため、意を決して、会堂内に戻った事を覚えています。私は街中のあらゆるカトリック教会を訪ねてみましたが、納得いく神父に、出会うことはありませんでした。

 私はルカ伝7章38節から50節について話してくれた神父を、鮮やかなくらい覚えています。ここのところは、主イエスが、パリサイ人の家で食事をしていると、ある女性が泣きながらやってきて、涙をもって主の足を洗い、髪の毛で足をぬぐい、香油を塗る場面です。パリサイ人は、批判的でした。主イエスは、パリサイ人は足を洗ってくれなかったが、その女性はしてくれたとパリサイ人に告げています。パリサイ人は、キスをもってあいさつしなかったが、その女性はなんと、足に口付けたと。カトリックの神父は、この出来事は本当に起こったことではない、なぜなら客が、その家の主人に対しそのようなことを言うのは、無礼であろうからと言ったのです!主イエスはそんな無礼なる方ではなかったろうと。(注:以下カッコ内訳者コメント〜そういう問題ではないだろうに。そのような世俗的聖書解釈がナンセンスである事は、一般信徒の私でさえわかる)このことは、私が今まで出会った多くの神父の聖書に対する態度を例証しています。あまりにも悲しいことです。

 そうしているうちに、私の両親はクリスチャンになりました。両親は、小さなメソジスト系の教会に通うようになり、その教会の牧師は、聖書を信じ、人々を愛していました。地方のカトリック教会は、がっかりさせられる様な教会ばかりで、私は掛け持ちを始めたのです。私は早朝ミサ(義務ではありませんが)にでかけ、それからメソジスト系の教会の礼拝へ出席しました。私の親が、また別の聖書に忠実なプロテスタント教会に通い始め、私もついていったものです。もちろん日曜日の早朝ミサにも出席していました。こうして数年間、掛け持ち状態が続いたのです。

 私はミサに出席する事を義務とする事をやめ、熱心に両親の通う教会へ、行き始めたのでした。私はそこの教会で聖書についてワクワクするような事を学びました。魂が揺さぶられるような賛美歌も歌いました。聖書をもっと学びたいという想いから研究会にも出席しました。熱心な人たちとも知り合いになりました。私は、聖書的な教えが、実生活においても応用でき、この世的な価値観とは違っているということを学びました。

 私は、聖書についての学びが深まってくるにしたがい、いくつかのカトリック的教えは、聖書と矛盾しているということに気づいてきました。このことは、私を混乱させましたが、それらの矛盾は心の片隅に追いやって、無視する事にしました。しかしそれは、簡単な事ではなく、気持ちの上で、カトリック教会は何か間違っているのではないかという思いをどうしていいのかわかりませんでした。

 私の兄は熱心なカトリック信者でした。兄は何年もの間、ミサにおいて、神父の手助けをしてきました。兄は何時間か車を走らせないと会えない距離のところに住んでいました。私たちにはイースターとクリスマスには、兄がやってきて、いっしょに真夜中のミサに参加するという我が家の伝統がありました。

 ある時、クリスマスのミッドナイト=ミサでの出来事、神父は、聖書におけるクリスマスの話は、基本的に、人々が心なごむように作られた信心深いおとぎ話(なんと!パレスチナの気候から考えるに、12月の真冬の出来事かと言うと疑問であるが、マタイ伝、ルカ伝の聖書の記述は真実であると信じます!カトリックの神父とはこの程度のレベルなのだろうか?;注:訳者感想)であって、史実とはなんら関係ないと話したと!私の兄は、怒り心頭、立ち上がって、叫びたかったそうです“我々はここに、祝福する為にいるのであって、論争する為ではない!”と。

 翌日、私たちは両親とともに、プロテスタントの教会へ行きました。その教会の牧師が言うには、ダニエルは、バビロンの賢人として、重要な地位についていたと言う話をしてくれました。それゆえ、賢人達は、ユダヤ人の王は星によって到来を告げられるというバビロンの預言について知っていました。彼らの宗教には、占星術が入っていたのです。そういうわけで、特別な星を見た時、彼らは、そのことが、ユダヤ人の特別なる王の到来を告げている事を理解したのです。また彼らの働きの一つに、論争が起きたときに、誰が合法的な王であるかを決めるというのがあったのです。よって賢人達は、主イエスが真にユダヤ人の王であると確証しに来た時、公的役割を果たしていたのでした。

 言うまでもなく、見解の相違が生じて、混乱しました。そのあと、熱心に祈りました。次のイースターの時までに、私はカトリック教会を離れ、両親の教会へ移籍しました。

 兄夫婦がイースターにやってくるというので、私は兄夫婦になんと言っていいかわかりませんでしたし、ミッドナイト=ミサにはいっしょに行きたくなかったのです。それはもう長く、ぎこちない会話を電話でしたものです。ついに私は兄夫婦に言いました。そしたら笑い出したのです。彼らもまた、カトリック教会を離れ、別の教会を訪れている最中で、籍を置く教会を捜しているところだったのです。

 私の人生で、大きな衝撃を与える祈りがあったのを、私は覚えていますが、なんて祈ったかは、正確には覚えていません。祈っていた時、私は涙があふれてきましたが、何故かはわかりませんでした。そのあと、状況が変わってきて、言葉に表すのが困難になってきたのです。その祈りは次のようなものではなかったかなと思います。

;“イエス様、私は少しでもあなた様に近づきたく存じます。どうかあなた様自身を私の前にあらわし、聖書のみ言葉を私に知らしめてください。私を清め、もう一度あなた様に帰らせてください。私の罪をお許しください。あなた様の尊き十字架の贖いによって、罪から私を開放してください。私は正しき道を歩んでいきたく思います。私の心を変えて下さい。あなた様の愛でもって、私を慈しみ、主の御心にかなうものとしてください。あなた様は、私のベストの道を知っておられます。我が人生における主であってください。あなた様の御心を行いたく存じます。御心にかなうよう、私を強めてください。愛を持って私に答え、この祈りをお聞きくださり、感謝いたします。私の主であり、救い主であられることに感謝いたします。“

 そのとき以来、私は、カトリック信仰に関する問題と闘っています。私の書いた論文は、そのようなもがき、苦闘から生まれているのです。

 元修道女と言う事に関して付け加えるならば、私は、未亡人でもあるのです。夫と私は仲睦ましい夫婦でしたが、彼の死は、私をかつて味わった事のないような悲しみへと突き落としました。逆境にあったとき、神の慰めを見出すに至るまで、私が書いた記事は、私自身の経験から生まれたものでした。

 私の証しは特別のものではありません。何人かの元カトリック教徒は、生まれ変わり(born-again)、聖書を信ずるプロテスタント教徒となるまでに、神との生ける、個人的関係を如何にして見出したかという事を私と分かち合う為、手紙を書いて送ってくださります。

 何人かの元カトリック信者は私の証しを読んで、イエス=キリストは私の主であり救い主であると確信したいと手紙を送ってくださいました。ある元修道女の方は、私の力になってくれました。二人の元神父は、素晴らしい助言をしてくださいました。その他元カトリック教徒の友人達も、心を、知恵を、価値ある情報を分かち合い提供してくれました。これらの方々に心より深く感謝を申し上げたいです。彼らの親切ゆえに、彼らの上に神の益々豊かな祝福がありますように。

POEM

 あなた様の言葉によって、我が人生において、魂が救われました
 あなた様の真実によって、完全なる光がもたらされました
 あなた様の全き愛によって、恐れはなくなりました
 この卑しき僕を慰め、涙を拭い去ってください

 あなた様の大いなる翼を持って、私を護って下さい
 そのところにはあなた様から教えてもらった歌が心に響きます

 あらゆる思い煩いから平安をお与えください
 あなた様の真実なる愛によって、悪しき者からおまもり下さい

 いつも主を賛美いたします
 私の心は、主を賛美する歌で満ちあふるるばかりです

修道女と修道女見習

 私は2年ちょっと、信仰生活の中にいました。私は修道女見習でしたが、誓いを立てたわけではありません。修道女見習とは、宗教的規律を受け入れ、尼僧服を授けられた人をさします。彼(この場合修道士見習か?)または彼女は、誓いを立てるための準備として、訓練と宗教儀式を経るのです。(修道女見習同様、修道士見習が存在します)

 私自身誓いを立てたわけでもないのに、なぜ元・修道女と呼ぶのか?と質問する方がいます。カトリック百科事典によると、もし修道女見習が、宗教的規律によって認められ、宗教的尼僧服を授けられたならば、そのとき修道士または修道女となると広義の意味では解釈されるからです。(注;1)〜そういうわけで、私は元・修道女としているのです。

私が信ずる事

 何人かの方々は、私の信じることは何なのかと尋ねます。私の信仰を述べるに当たって、専門用語はなるべく避けたいと思います。プロテスタント諸教会間の教理の相違に関する問題も避けましょう。それは教会の統治形態、礼拝形式、キリストの再臨についての詳細事項、宿命と自由意志の関係(予定調和説のこと?)などです。

 この要約の中では、語ることができない多くの事柄を、私は信じています。それらの事をすべて語ろうとするなら、あまりにも長くなりすぎて手に余ります。いくつかのキーになる分野についてだけ語ろうと思います。もし私が、いわゆるクリスチャンの基本的教理であるとあなたが考える事を言わなかったとしても、必ずしも、私が信じていないとは取らないで頂きたいのです。ただ単に、言わなかったと解釈していただきたいのです。

 私は宗教改革における、プロテスタントの3つのsolaを信じています。我々は、信仰によってのみ救われる(信仰と行いによるのではない)と言う事(信仰義認)。次に我々は、我々の唯一の救いはキリストによると言う事(キリストの他に救われる道はない)。最後に、我々の信仰の原則は、聖書によってのみ(聖書のほかに伝承とか、他の書物を付け加えてはならない)という3つです。

 信仰をまもるということは、愛と神への従順によって顕されます。そしてよき奉仕をする事です。それは、救いの結果であって、それによって救われるものではありません。キリスト教というものは、あらゆる環境下における、あらゆるクリスチャンを対象とします。クリスチャンが厳しく迫害される国というものが、世界には存在します。これらの国においては、聖書は希少価値であり、公に集会を持つ事は出来ません。何人かのクリスチャンは聖書を持つことも出来ず、その信仰ゆえに刑務所に入れられましたし、しばしば同志のクリスチャンに会う事も出来ずに入れられています。もしクリスチャンが、聖書を勇気が与えてくれる、道しるべとして持ってないとしても、そのとき神は、別の方法で彼らを強め、導くのです。神は我々がどんな環境にあろうと、規制される方ではありません。

 聖書、牧師先生を持ち、集会に出席する事は、価値あることです。もしその事が、簡単ならば、我々は可能な限り、それらから利益を得るべきです。しかし、残念ながら難しい時、そんな時でも、神はそれらなしでも、神を敬う生活を全うするのに、十分過ぎるほど強力にバックアップしてくれます。主イエスは、聖霊が私たちをあらゆる真理へと導いてくれ(ヨハネ16:13)、あらゆる事を教えてくださる(ヨハネ14:26)と約束してくださいました。神は私たちをつまずきからまもってくださいます(ユダ1:24)。

 私は聖書の権威と正しさを信じます。聖書は霊感を受けた神の言葉であると信じます。主イエスは、父なる神が言うべき事を示してくださると言いました(ヨハネ12:49)。確かに我々の神は、聖書を書いた人間に対し同じ事が出来るのです。

 聖書を通して、神はご自分の本質と品性を教えてくださいます。私たちが何を信じ、如何に生きていくかを教えてくださいます。聖典に反するあらゆる事を検討する必要があります。聖書がわかるように手助けを神に乞い聖書を通して神ご自身を啓示し、御言葉に従って生きていく手助けをお願いする必要もあるでしょう。

 世間一般の人でも聖書を理解する事は出来ます。専門家や教会の役員に頼る必要はありません。基本原理は、子供が理解するくらい単純なのです。しかし聖書は非常に奥が深いので、立派な学者でも聖書を極める為一生を費やし、聖書の中のすべてを理解する事は不可能です。

 あらゆるクリスチャンは、神と個人的なつながりを持つ事が出来ると信じます。直接神とつながる事が出来るのです。プロの専門家、教会の役員、その他特別な人たちに頼る必要はありません。

 私は、キリストの十字架による贖いを信じます。主イエスは、我々を罪から救うため死んで下さったのです。私はキリストの復活を信じます。主イエスは、文字通り死んでからよみがえり、今栄光の体をお持ちです。主イエスは父なる神と天に居まし、我々の為にとりなしをしてくださっています。私は再臨を信じます。主イエスはふたたび、この世にやってこられます。

 私は、万物の終わりを信じますし、我々は皆、主イエス=キリストの御前にて審判を受けなくてはならないことでしょう。(コリント5:10、ヨハネ5:22、ローマ14:10)最後の審判について話すと、今の時代においては必ずしも受け入れられ、喜ばれるものではありませんが、聖書には書いてあるのです。裁きのとき、私たちは贖われ、救われて、原罪が許されおり、命の書に名を記されたいと思うことでしょう。そのようなときでさえ、我々の働きというものは、火でもって試される事でしょう。(气Rリント3:11〜15)

 私は三位一体を信じます。唯一なる神は存在します。しかし父、子なるイエス=キリスト、そして聖霊として存在するのです。私は受肉を信じます。イエス=キリストは真に神であり、人であります。主イエスは、奇跡的に受胎したのです。
母マリヤは、主イエスが生まれたとき、いまだ乙女でありました。

 私はどのようにして、このような業がなされたかわかりません。しかし使徒パウロでさえ、理解できない事がありました。パウロはしばしば、我々の人知を超えた謎について、語られました。

 物質世界においてさえ、理解不能な事物が数多く存在します。航空力学の法則によると、ハチドリとかマルハナバチは飛べないと結論づけます。しかし実際には飛んでいるのです。科学者達は、航空力学について新しい理論と進化した新しい航空機の形状が見つかる希望をもって、それらを研究しています。カモノハシと呼ばれる動物は、温血であり、卵を産み、赤ん坊に乳を飲ませます。まるで哺乳類と爬虫類のあいのこのようです。すべてのものは原子から成ります。原子を更に細かく見てみると、陽子と中性子から成る原子核をもっています。そして原子核の周りを電子がまわっています。陽子は陽性で、中性子は磁気的に中立、そして電子は陰性です。二つの磁石をプラスどうし、くっつけてみた事がありませんか?反発しあうのです。しかしながら、原子中の原子核の中にこれらの陽子が、いくつもいっしょに存在するのです。どういう理屈で?科学者にはわかりません。

 生命は謎に満ちています。三位一体と受肉とは、そのようなものです。

 贖いはもう一つの謎です。私は主イエスがなさったのだと信じます。なぜ主イエスは、我々の為にあのような事をしてくださったのか、それほどまでに必要な事だったのか、聖書を読むといくらかわかります。しかし、贖うに値するほどとは、どの程度私たちを愛してくれたのか?はわかりません。主イエスは、私たちの為に喜んで苦しみを受け、死に渡されたとはどの程度の愛なのでしょうか?特にほとんどの人々は、主を受け入れようとはせず、我々では払い切れないほどの高価な救いに私たちが及ばない存在であると知っていらっしゃったときの愛とは、いかなるものなのでしょう。父なる神のその御子が十字架にかかるのを見る苦悩に耐えるほどの愛とはどのようなものなのでしょう?神の愛とは私の理解を超えています。

 私は、主イエス=キリストを信じることは救いに至る唯一の道であると信じます。ゲッセマネの園において、主イエスは、苦悩の杯を飲まなくてはならない事から免れさせてくださいと父なる神に祈りました(マタイ26:39,26:42)。他に我々を救う方法があったならば、父なる神は、主イエスにお話になられたと思いませんか?主イエスと父なる神はともに、私たちを救うために他の方法をなんとしても見つけたかったのではないかと考える事は出来ませんか?しかし他に方法はなかったのです。主イエスは、あざけられ、恥を受け、捨てられ、拷問され、我々を救うために死に渡されたという、表現しがたい苦悩を避けて通る事は出来なかったのです。主イエスは、その事を喜んで受け入れてくださったのです。

 他に方法があったならば、なぜ主イエスは、私たちの為に苦しんだのでしょう。もし善業、品行方性、聖餐、マリヤ崇拝、善意、茶色の肩衣の装着、キリスト教以外の宗教、その他もろもろが機能するならば、主イエスは我々の為に苦しむ事はなかったでしょう。そのことが全く必要でなかったなら、好き好んでそのような苦難を甘受する人など誰もいないでしょう。もしそのような苦難を避ける事が出来たなら、父なる神は、子なるキリストにそのような事をお命じにはならなかったことでしょう。(人類の罪を贖う為には)他に方法がなかったのです。そういうわけで主イエスは、私たちのために死んでくださったのです。

 私は聖書的世界観を持っています。私は文字通り、天国と地獄を信じます。悪魔は本当にいると信じます。私は天使と堕落天使は、本当にいると信じます。そして神は、祈りに答えて個人的生活そして国家的運命に介在すると信じます。私は、聖書にある癒し、奇跡、超自然的現象は真実であると信じます。それらは本当に起こったのです。そのとき神がなされたのです、そして神がそう望むのであれば、今でもそうなる事でしょう。(例をあげるならば、アンドリュー兄の書いた“神の密輸入者”を読んでみるといいです。神は、アンドリュー兄が、共産主義国に聖書を密輸入していたとき、超自然的な力を持って彼を護ったのです。私はまた、迫害されてきた現代のクリスチャンを、神が奇跡を持って護ってきた証しを読んだり聞いたりしています。

 私はアメリカに住んでいます。この国では、もはや多くの人々は聖書的世界観を信じません。二つの事が同時に起こったということは面白い事です。現代において多くのクリスチャンは、聖書に描かれている超自然的な事柄を信じる事を止めました。と同時に、超自然的オカルト信仰が急速に伸張し、瞬く間に大勢を占めています。本、映画、テレビはそれらで満ち溢れています。いくつかの大学には、女神崇拝、魔術、自動書記、その他オカルト関連のコースがあります。アメリカ軍には魔女の“専属牧師”がいます。

しかし神はあらゆるもの、オカルトすらお使いになります。私は“エクソシスト”という映画を見たある男性を知っています。彼は本も読みました。そのことによって、彼自身、悪魔は存在すると言う事を悟りました。彼は悪魔が実在するなら、神も実在するに違いないと結論付けました。そういうわけで、彼は神について何かを見つける為、聖書を読み始めたのです。この男性は、ついに熱心なクリスチャンになりました。

全般的な論評

 私は、私が言った事を自分で検討していただきたく思います。あなた方はたぶん、私が情報源として使った本を持ってない事と思います。それゆえ、多くの同じ情報をウェッブ上のいくつかの記事の中に、私は発見しました。私は信頼に値する情報源に基づく、公正かつ正確なる結論にたどり着こうとベストを尽くしたつもりです。しかしながら、私とて一人の人間に過ぎません。弱点もあります。我々はみんなそうです。間違える事もあるでしょう。

 しかし私についてではないのです。あなた自身と真実についてです。あなた方は、この資料を自分で検討できますし、あなた自身の結論へとたどり着けます。そして真実を教えてくださいと神に尋ねる事が出来るのです。神こそ、全てをつかさどっておられる唯一なる方ですから。神だけが真に全てを理解しておられるのです。

 そういうわけで、最後の分析者は、あなたと神ご自身なのです。私に負うべきところは全くと言っていいくらいありません。私の役割は、情報を提供する事くらいです。あなたと神が、その中から何かを引き出すのです。

返信

 私は、返信を歓迎いたします。しかしながら、メールの類があまりにも多く、時間が限られています。結果、得るものが多く有益だと私が信じるレスを優先します。それゆえ、教理討論をする気はありませんし、私の書いた内容に関して討論するつもりもありません。

 私宛の全てのメールに返答する時間はありません。しかしレスしてくれた方には感謝いたします。そして何より、それらの方々の為に心からお祈りを捧げたく思います。

この記事の使用に関して

 この記事を勇気を持ってリンクしてください。この記事より引用するのは、公正に正確にする限りかまいません。この記事をコピーして友人に配布したり、研究会で使ってくださっても結構です。

注釈
 
 1. 1913年版カトリック百科事典第11巻内 モNoviceモ この記事はウェッブ上でも見る事が可能です。モnoviceモということばは、訓練と準備期間を経た修道士、修道女両方に関して言及しています。セクションには、“律法上の条件”として、記事は宗教的見解において、モnoviceモはその言葉の広義の意味において正規に当たると述べています。(モregularモという単語は修道士、修道女にとって専門用語となるようです。)
    http://www.newadvent.org./cathen/11144a.htm   
NOTE: その記事はしばしば、現代的意味合いにおいて“彼もしくは彼女”というべきところを、“彼”と言っています。セクション氓フモDefinition and Requirementsモは特に修道女について語っています。そして修道女になりたいと願う既婚の女性に関しての訓令を定めています。そういうわけで、その記事は、修道士見習い、修道女見習いについて述べてあります。

 Copyright February 2002 by Mary Ann Collins.
 E-Mail; MaryAnnCollins@juno.com
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