悪霊の戦略

 

 
 
 
 

読者により翻訳いただきました。

<HP責任者による翻訳文説明>
 

霊の戦い、トランスフオーメーション、エキュメニカル
など、いわゆる「聖霊の第3の波」系のムーブメントは大いに活況を
呈している。

これらの行き着く先は、どの様な状態、場所なのだろう?
すばらしい全世界のリバイバル?主により祝福された教会の日?

それは、望ましいがしかし、聖書は、終末の日に関してその様な
ハッピーな日は預言していない。

むしろ、以下の様に教会の兄弟間における、分裂、争い、
訴訟の日を預言している。

マタイ10:21 兄弟は兄弟を死に渡し、父は子を死に渡し、子どもたちは両親に立ち逆らって、彼らを死なせます。
22 また、わたしの名のために、あなたがたはすべての人々に憎まれます。しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われます。
 

そして、その争いの日は、聖霊の火が下ること、いわゆるリバイバル運動と
関係することをも語っている。第3の波系の悪霊リバイバル運動のまっただ中に
真の神の霊、聖霊が下るので、2つの霊は反発し、それぞれの霊を受けた人々の間に
争いと分裂が起きるわけである。

ルカ12:49 わたしが来たのは、地に火を投げ込むためです。だから、その火が燃えていたらと、どんなに願っていることでしょう。
50 しかし、わたしには受けるバプテスマがあります。それが成し遂げられるまでは、どんなに苦しむことでしょう。
51 あなたがたは、地に平和を与えるためにわたしが来たと思っているのですか。そうではありません。あなたがたに言いますが、むしろ、分裂です。
52 今から、一家五人は、三人がふたりに、ふたりが三人に対抗して分かれるようになります。
53 父は息子に、息子は父に対抗し、母は娘に、娘は母に対抗し、しゅうとめは嫁に、嫁はしゅうとめに対抗して分かれるようになります。」
 
 

これらの聖書の預言に照らしあわせるなら、現在、第3の波系の主導の下で、
進んでいる、いわゆるリバイバル運動とは、キリスト教会に一致と幸いの日を
もたらすために進んでいるのでは決してなく、逆に、これは、聖霊に従う人に対していずれしかける
争いと告訴と、非難の日の前備えとなっていることが理解できる。
 

-----------------------------------------------------------------------------以下翻訳文----------------------------------------

*リバイバル運動で強調される3つのいかがわしい、反聖書的戦略


この研究の前節で、私は“光をさえぎる影”に関し、別なる3つの局面を見た。
それは、1)キリスト者の宮である聖櫃へと、栄光の雲が戻りつつあるということ、2)信仰者を覆っている金に象徴される神の性質に対して3)想像上の掲挙、もしくは新しい霊的からだを受けるという地上における信仰者の変容についての3点である。

 *霊の戦かいを通じての救いという惑わし

多くのエキュメニカルの集会、祈りの集会、祈りの歩行における戦略的とも言える霊的戦いは、救いの行為として実行される。これらの場合の多くは、その領域の霊が司っている、前もって定められた悪霊のとりでとか支配というものが倒され、その領域や町は神の王国に引き継がれるというものである。悪霊は追いやられ、悪霊のとりでは崩壊する。これらのとりでは、申し立てによれば、人々が異教の神を拝んだり、売春とか博打のような不品行を犯したり、圧制的なイデオロギーを制定したりする場所、またお互いに殺し合い、その結果、敵対的感情や民族的不寛容、他集団に対する蔑みが芽生えたりする歴史的に名のある戦場に打ち立てられる。国の中で、いろいろな場所にこのような性質を持った邪悪なるとりでが、霊的地図の状態に応じて定められてきたのだ。それらは今や破壊されなくてはならない。
 

 霊的戦いを通し、勝利が勝ち取られたあと、ゲートキーパー(門衛と訳しておこう)は、清められた町々に至るさまざまな道と国全体を、邪悪なる影響が再び進入するのを守るよう定められてきた。その目的のために人々は道端で、港で、空港で、悪霊の再侵入と開放されたエリアを汚すことから遠ざけられるよう祈るのである。何人かの人々は、この“霊的安全対策”を家でも行う。その住人が、敵対する力の侵略に対し祈る間、ドアや窓は油注がれ清められるのである。国に巣くうとりでが崩壊するとき、主に対し、解放された国を再び捧げるため、賛美の行軍が編成され、と同時に公衆の礼拝が同時になされるのである。この行為を通して、残りのとりでが崩壊し、神の千年紀が私たちにとっての夜明けとなるのであるとする。この戦略はその隣国でも実施されるであろう。

 *南アフリカでの清めの戦略

2001年2月以来、南アフリカのNUPSA( dr. Bennie Mosterユs Network for United Prayer in South Africaの略称) の事務所は、“南アフリカを清めよう”という名のプロジェクトに対する、全国的な準備で忙しかった。すべての町々からの代表団とチームは、国を挙げての悔い改めと、国土の清めに対するプログラムに参加するため、訓練を受けた。8月6日から18日まで、個人およびグループは、殺人の罪から悔い改めた。これらのことは、申し立てによると、ある罪を犯したり、悪霊を拝んだり魔術に手を染めたりすることによって、悪霊世界との契約に至ったりした彼らの先祖によって背負わされた縄目であるのだ。2001年8月20日から26日まで、不品行の罪が全共同体のために、告白され、やめられることになった。神との破棄された契約が、8月27日から9月2日まで告白され、9月3日から22日まで偶像崇拝の罪が告白された。あらゆる罪が告白されたのち、国家的悔い改めの礼拝が、教会の礼拝に参加することにより、全国的に展開された。国を挙げての悔い改めのあと、40日間に渡る町々や町同士の交わり、かたや田舎においても、神への奉納が行われた。祈りの歩みが、学校、ビジネス、公園などを主に捧げるために、ストリート、ハイウェイ、地方道において組織された。2001年11月3日に、国家的集会がすべての町々および地方から最低2人の代表が出席することにより開催され、南アフリカ全体が主に捧げられた。11月4日、日曜日の聖日礼拝が、国中の教会で執り行われた。そのとき(おそらくであるが)国は、邪悪なるものから取り戻され、あらゆる不潔から清められ、神に捧げられた。

*エキュメニカル推進により、悪霊使徒による

全世界のキリスト教会掌握を推進させる

このリバイバルから流れ出てくる、新しいエキュメニカル的礼拝のスタイルというのは、宗派間の障壁を破壊することに行き着くのだ。このように、ピーター=ワーグナーの21世紀型“宗派の垣根を超えた教会”というものが作り上げられたのだ。

 しるしや不可思議同様、聖霊による啓示の賜物は強く働くことだろう;それゆえ預言者は、教会に対する教理上の指導力を授け、牧会を解放的な集会とし、霊的な戦い、礼拝、福音伝道主義を導くために出現することだろう。使徒は、それらの指導力のもとで働き、牧師や福音伝道者に対する指令を出すのである。

 *神学校も悪霊リバイバル推進の一翼をになう


増加の一途をたどる単科大学、神学校、総合大学の神学部でさえ、神学生をこの新しい礼拝スタイル、霊的戦いでもって訓練するのである。強調すべき点は、1年間の短期コースでもって、その働きに見合う指導者を作り上げることであり、有効にその新しい教えを広めるべく働かされる。
Theologos University (セオロゴス大学)はKempton Park (ケンプトン=パーク)から運営されており、クリスチャンのカウンセリングや牧会においての1年間の免許証を提供している。
それらは、セミナー、ビデオ=トレイニングの補修があり、フルタイム、パートタイム、通信教育型のクラスがある。その大学は、サレル=ファン=デル=メール博士の指導のもとにあり、彼の教理的アプローチの手法は、NUPSAと符合する。その修士課程は次の6つの単位から構成される。

1.霊的に力強い人生
2.心の癒し
3.霊的戦い、悪魔研究と解放
4.からだの癒し
5.満ち足りた結婚
6.カウンセリングの技法および祈りを通した療法 〜 である。

それらには、さまざまな規定でできている本が存在し、その内容は、レイ=マッコーリー、ダーキー=ファン=デル=スパイ、ウィルフレッド=ケント、ピーター=ワーグナー、ベニー=モスタート、二―ル=ギブソン、ケネス=ヘイギンらの手によるものである。ヘイギンは、有名なWorld of Faith の教師である。

*世界の全ての福音伝道者、カウンセラーを悪霊推進者にするべく使徒の管理体制が始まる


世界のいたるところで、カウンセラーと福音伝道者を、現在の過渡期とも言える局面において、十分に訓練しなければならないという大いなる焦りが見られる。ピーター=ワーグナーの“預言者の長老の使徒会議”における予言によると、世界の教会は、2000年から2003年にかけて過渡期における局面にはいるという。それによると、使徒の身体の管理体制が、2003年までに、可能な限り多くの都市で樹立され、神が解放したがっている、大いなる変化のための準備をすることは避けられないとしている。
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(コメント)
全てのキリスト教ムーブメントは自然発生したものではなく、逆にその裏には、
隠された「戦略」があります。現在、リバイバル運動でさかんにいわれる、
いわゆる霊の戦いは、今は呪われた土地や、先祖の呪いからの断ち切りとして用いられています。これらは一見何も問題がなく、むしろ信仰的、勇ましい様にさえ、見えます。
しかし、この運動は、いずれ、必ず、真の聖霊の火が下った時、その聖霊を受けた人々を
攻撃、非難、告訴するために、用いられるでしょう。現在、霊の戦いに入れこみ、
悪霊のリバイバリストを見分けることさえできない、霊的盲人となった
クリスチャンは、その日、聖霊から語っている人々を見分けることができず、逆に非難し、
後の世でも決して許されない罪、聖霊を冒涜する罪に加担するようになるでしょう。
その恐るべき日の前そなえは、上記記事の様に着々と備えられています。
 

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