#日本人とユダヤ人の類似性の秘密

イザヤ・ベンダサンこと山本七平氏の「日木人とュダヤ人」という本によって一躍注目を浴びるようになるまで、日本人にとってユダヤ人は単なる外国人だった。日本にはヨーロッパの異端審問はなかったし、そんな必要もなかった。もっとも、オランダ人、イスパニア人として、ユダヤ人はすでに江戸時代から日本に来ていた。いや、もしかするともっと前から来ていたと考えられる。いわゆるシルクロードとは中世ヨーロッバにおいては「ユダヤ人の道」と言う意味であった。遠く中国から絹織物を持ってくるのはユダヤ人だったのだ。ヨーロッパ人たちはユダヤ人を「シルクの民」と呼んでいた。このシルクロ−ドにはユダヤの村があり、交易の便を計っていた。驚くべきことに漢字はユダヤ人の作った文字である。例えば主と言う文字はユダヤ人の最も尊ぶ神殿の聖所にある七枝の燭台(メノーラ)の形から作られたものであると言う(図参照)。

また、義に至っては羊の下に我と書く。これはユダヤ人が人間の罪の身代わりとして、羊を殺して神に俸げたことから羊を我となすの意味である。また、美は羊が大きいと美しいのだ。このようにユダヤ人は古い昔からアジア各地、とりわけ中国に大きな足跡を残している。さらに日本にも彼等は来ていたらしい。この辺になると有る事、無いこと、怪しげなオカルトから真面目なものまで多種多様に発表されている。確かに何かの痕跡は有るように思える。しかし日本人のルーツそのものはモンゴロイドであるし、南方系、北方系が入り交じって混血し合ったものだろう。

文化的遣産の中にはユダヤの起源と思われるものが少なくない。世界に散ったあの『失われた一○部族』の一部ぐらいは日本にも来て、同化したかも知れない。ユダヤ人は日本に来ると「血が騒ぐ」そうだ。私が特に驚いたのはどこかの古墳から発見された七枝の剣であった。剣に七つの枝をつけると言う発想は、ュダヤ人以外は持ちそうもない。これなど世界のユダヤ人
に聞いて見たいものだ。

しかし、だからと言って今の日本人がュダヤ人の子孫だなどと考えるのは気違い沙汰だ。また、キリスト教の立場から言えば、もともと、ユダヤ人は神が送ったメシア(キリスト)ヨシュア(イェス)を拒絶して十字架につけた時から自動的に反キリスト、神への反逆の民となったのだから、いまさら血筋が同じでも全然関係ないということである。新約聖書のヨハネによる福音書にはこう書かれている。「しかし、彼を受け入れた者、すなわち、その名を信じた人々には、彼は神の子となるカを与えたのである。それらの人は、血筋によらず、肉の欲にもよらず、また人の欲にもよらず、ただ神によって生まれたのである」ョハネ福音書1:12〜13ダヤ人は神の選民であった。しかし、今は彼等は捨てられ異邦人(ユダヤ人以外)で

キリストを信じる者なら誰でも選民となるというのが新約聖書の中心思想であり、これがキリスト教なのである。これがキリスト教の背骨とも言えるバウロの書いた「ローマ人への手紙」の強烈な主張である。もっとも、バウロももう一度ユダヤ人は神に帰る時が来ると言っている。神は選民を決して永遠には見捨てないと。
 

 #危険なものみの塔、モルモン教そして・…最近の激しい宗教運動は何を意味するか

読者はあの反キリストと共に第二の獣、恐らく宗教者が出てくるだろうと言うことを覚えておられるだろう。「わたしはまた、ほかの獣が地から上ってくるのを見た。それには小羊のような角が二つあて、龍のように物を言った。そして、先の獣の持つすべての権力をその前で働かせた。また地と地に住む人々に、致命的な傷がいやされた先の獣を拝ませた。また大いなるしるしをおこなって、人々の前で火を天から地に降らせることさえした。さらに、先の獣の前で行うのを許されたしるしで、地に住む人々を惑わし、かつ、つるぎの傷を受けてもなお生きている、先の獣の像を造ることを、地に住む人々に命じた…・」黙示録13:11〜14

ところが不思議なことにこの獣はこの先あまり聖書に出てこないのである。一六章には「また見ると、龍の口から、獣の口から、にせ預言者の口からかえるのような三つの霊が出てきた。」同16:3とあって、どうやらこの中でにせ預言者と言われているのがこの第二の獣らしいのである。これは神の三位一体に似せたサタンの三位一体と言われるもので、龍は神に、獣はキリストに、にせ預言者は聖霊に相当する。これらはすべて黙示録二○章で永遠に滅び失せる。それにしてもこの獣は現在現れているのだろうか。我々はすでに第一の獣の母ともいうべき組織について見てきた。

ではこの第二の獣の準備も進んでいるのではないだろうか。たしかにその徴候はある。それはニューェイジムーブメントと呼ばれる運動である。これは様々な宗教、オカルトなどを総合して、ヒンズー教のメシア、マイトレーヤーに集中させようという結構粗雑な宗教運動である。本屋に行くとベンジャミン・クレーム、アグスーベイリー、エレナ・ブラバッキー、シャーリー・マクレーンを初めとするこの運動
 
 

の司祭たちを見ることができる。古くはオーソン・ウェルズなどもこの思想の伝道者であった。今年
(一九九三年)三月、テレビ朝日がアーサー・C‐クラークという学者を進行役にして『未来への伝
言』という番組を放送した。アーサー・C‐クラークは『二○○一年宇宙の旅』という本の著者として
有名である。この『二○○一年宇宙の旅』は素晴らしい技術で映像化されたのでご記憶の方も多いだろ
う。この中でクラークは不思議な石の板に触った猿が知性を持ち、人間に進化し、やがて宇宙にまで進
出するが、コンピュータの反乱に会い、宇宙の異次元空間に人り込み、再び胎児として輪廻転生して行
く姿を描いている。これはニューェイジの思想の見事な視覚化であった。ニューエイジの神は聖書の神
とは全く違う。聖書の神は一人のペルソナ(日本語では該当する言葉が無いのだが、人間で言えば個人
の人格)である。

しかし、ニューエイジの神 は漠然とした、宇宙の力、霊、知性である。これが時に人間となり、生物となり、無機物となる。人間
となるのは優れた力、知性、霊であり、中でも優れたのがマイトレーヤー、キリスト、ブッダ、菩薩と
なる。この思想のもっとも有能なメッセンジャーは元ハーパード大学の心理学教授だったティモシー・
リアリーであった。彼は人間が遣伝子工学によって、進化と不死を得、宇宙空間に進出して新しい生命
体となると教えた。

彼はそのような人間精神の解放の手段の一つにLSDを使用する事を主張し、LSDを
公認するように提案した。もっとも彼はその思想に殉職してしまったのだが、その思想の集約したもの
としてSMPLEメッセージと言う文書を残している。彼はそれを地球外生物から受けとったと主張してい
る。SMPLEとはSpce Migration Inteligence Life Extensionの略語で、「宇宙移住」「知性の二乗」「生命の
拡張」を意味した。原文の日本訳は長いので省略するが、その中で彼は日本について特別なメッセージ
を残している。世界に数ある国々の内の日本に対してだけである。「日本人は君達の惑星でもっとも進
化した種族だから、君達の仲間を保護してくれるだろう」
 

このような思想が単に思想だけなら間題はないが、現代の世界の一線の科学者たちが、その思想を忠実
に実現しようとしているとすれば事は重大である。初めて現実的なスペース・コロ二−計画の構想を提
案したブリンストン大学のジェラルド・K‐オニールや、NASAの職員、遣伝子工学のスペシャリスト、
パイオテクノロジー、ニユーロンコンビユータ、天文学などの優秀な頭脳がこのような思想を持って働
いているのである。この思想によるなら人間も星も地球もコンピュータも豚もみんな仲間ということに
なる。ところで読者はこの思想を聞いても特に驚きはしないであろう。何の事はない日本人なら、お寺
の和尚さんから似たような話を聞くことが出来たのである。

ニューェイジは少しもニューではない。そ
れはすでに二五○○年前に釈迦が開いた道であり、さらに何千年も前から人類が抱いて来た『神なき哲
学』のニューファッションに過ぎないのである。ピートルズがインドに行ってヒンズー教を学んだのも
そのような理由によるのだろう。我々東洋人は何千年も昔からこのような思想によって生きて来た。だ
から、東洋とりわけ仏教を極限まで洗練した日本はニューェイジャーにとって大先輩であり、先進国で
あったのである。それで、リアリーのスマイルメヅセージの中には日本を賛える一行があり、また、イ
ルミナティ、アインシュタインも次のようなメッセージを残しているのだろう。
 
 

「世界の未来は進むだけ進み、その間に幾度か争いは繰り返されて最後の戦いにつかれるときがくる、
その時人類は…まことの平和を求めて、世界的な盟主をあげなければならない。この世界の盟主なるも
のは武力や金力ではなく、あらゆる国の歴史を抜き越えた、最も古くまた尊い家柄でなくてはならぬ…
世界の文化はアジアに始まってアジアに帰るそれはアジアの高峰日本に立ち戻らねばならない。我々は
神に感謝する、我々に日本という尊い国を作っておいて下されたことを」

これが本当にアインシュタイ
ンの言葉かどうかは判らないが、そうだとすると、イルミナティの日本に対する態度が少し理解出来る
のだ。ここで尊い家柄とは明らかに天皇家の事である。「シオンの長老の議定書」の中でも書いたが、
明らかに彼等の理想の王は日本の天皇である。実はそれについては面白い話がある。誰から間いたかは
この際伏せる。ユダヤ人の政治と宗教の理想は、旧約聖書のゼカリヤ書にあるというのだ。「彼(大祭
司ヨシュア)に言いなさい、「万軍の主は、こう仰せられる、見よ、その名を枝という人がある。彼は
自分の場所で成長して、 主の宮を建てる。

すなわち彼は主の宮を建てて、王としての光栄を帯びその位に座して治める。その位
のかたわらに、ひとりの祭司がいて、このふたりの間に平和の一致がある」ゼカリヤ書6:12〜13
これがユダヤ人の長い間の実現不可能な理想だった。ところが、何と日本では、はるか昔からこの政治
体制を保有して来たではないか。天皇は政治と宗教の両方の最高権威でありながら、実質、政治の権力
者ではない。それでいて天皇がなければ政治は動かない。見事なものだと言うのだ。

われわれ日本人か
らすれば「へえ、そんなものかねえ」と言ったところなのだが、この辺が、不思議の国、日本なのだろ
うか。このニューエイジムーブメントはイルミナティの宗教部門の創作だといわれるのだ。
また、運動の重要な推進者は「ものみの塔」という宗教ではないだろうかと私は見ている。なぜかとい
えばこの宗教の創設者チャールズ・ラッセルはイルミナティの最高指導者
 
 

十三ファミリーの一人だからである。「ものみの塔」という宗教の教えはイルミナティの主張そのもの
である。それは近未来における黄金時代を約束する。また彼らのメシアは、ラッセルによれば「ヒラ
ム」であるという。ラッセルはその著書「すべての民の願い」の中でユダヤ人とクリスチャンの待望す
るメシアはヒラムであるとはっきり書いているのだ。また彼はフリーメーソンの好むビラミッド予言を
用いている。また、ニューエイジの預言者たちが盛んにいうように、プレアデス星団(すばる座)のア
ルシオン星が神の御座であり、そこからいろいろな啓示が与えられるのだと言っている。

「ものみの
塔」は別名をエホパの証人と言うがこの場合のエホバとはヒラムのことであることはすでに見てきた。
この集団の伝道方法、洗脳のやり方、広がりから言って、この宗教が第二の獣に果たす役割は大きいと
思う。その他、モルモン教は創立者ジヨセフ・スミス、継承者ブリガム・ヤング共にフリーメーソンで
あった。これらの宗教に加えて、様々な国々の宗教、さらにキリスト教会の一部が大同団結して世界宗
教会議かなんかを開き、平和と愛の名の下に一致と合同を宣言することになるかもしれない。すでにエ
キュメニカル運動と言うのがキリスト教会内部に始まって久しいが、それらの人々は他宗教への覚容と
受容を訴えている。またイギリス国教会の一部では、教
 
 

会でイスラム教や仏教の礼拝を認める動きがある。今後、その様な動きが活発化し、それに反対するキ
リスト者は「不寛容で、愛がない、かたくななもの」として非難されることになろう。こうして世界宗
教は統一され、あの六六六の名を持つ獣をキリスト、マイトレーヤー、ブッダ、マホメットの再来また
は完成された姿として拝むだろう。ここで注意していただきたい。私の考えでは宗教者が拝まれるので
はなく、政治家である反キリストが拝まれるのである。宗教と言うものは究極において政治そのものと
なる。それはキリストの再臨においても同じである。メシアとは宗教者の事ではない。政治家、王の事
である。この運動にはカトリック教会も加わっているのだが、それもそのはずで現法王ョハネ・バウロ
二世はフリーメーソンの最高階級三三階級である(現在、カトリックはフリーメーソンと保守派とが激
しい権力問争をしているように見える。

いずれ、メーソン派が勝利するだろう)。そう言えばプロテス
タントの最も有名な伝道者ビリー・グラハム、総ガラス張りの教会で有名なロパート・シュラー師、可
能性思考で有名なノーマン・ビンセント・ピール師らは共に同しく三三階級だということだ。これだけ
役者がそろえば相当なバフォーマンスができそうである。しかし、どうあがいてもこの運動は付け焼き
刃でしかない。この世にはもっと巨大で、もっと長い歴史を持ち圧倒的な権力を持っていた宗教集団が
ある。それはカトリックである。そして、聖書にはどう考えてもカトリックとしか思えない組織の終り
が描かれているのである。